とある商店の騒動(2)

 ベルナーは口をあんぐりと開け、張りついていた賊は反対に、何か呻いて裏口に背を向け店内へ逃げ戻った。それを見逃す警備隊員ではない。ノックしたのであろう先頭の隊員が叫び、ベルナーを押しのけあとを追う。


 これはあの青年の話の通り、荷を持ってきた誰かがいたが、警備隊に先を越され捕まり、代わりに彼らが来た? あるいはまさか、彼がこの警備隊を呼んだ?


 彼の真意がどちらなのか、駆け込んでいった警備隊を見た時どんな反応をするかでわかるはずだ。ベルナーは、身の安全を聞こうとした隊員を振り切り、店内に駆け戻った。どうせ自分も、“あれ”を扱った罪に問われる。事の顛末を見届けるくらいしても構わないはずだ。


 ついて来ていた賊が回れ右をしてすぐに、残ったふたりに向けて逃げろ、といったことを大声で言っていたのは聞こえていた。であれば、唯一の出口は店の入口だ。半開きになっていたカウンターへの戸を開け放つ。途端、強い光がベルナーの両目を覆い尽くした。


 思わず目をつむり、その光を腕で遮る。実際にはさほど眩しいものではなく、薄闇に慣れていたせいで、覆いの取られた窓からの日光が、ひどく明るく見えただけだった。しかし、その光の攻撃を受けたのはベルナーだけではない。さらに近いところにいた、帽子の男もそれを食らっていた。


 姿勢を崩した彼の手には長剣があったが、それは次の瞬間、薄汚れた外套に絡め取られ、その布ごと床へと投げ飛ばされた。


 剣を奪った張本人は、やはりと言うべきか、あの小柄な青年だった。さっきまで羽織っていた外套はなく――床に転がっているので当然だ――、しかしその背には違う色の外套が流れている。窓からの光はそれを赤色だと示し、さらにその胸元に輝くひとつの胸飾りをも見せつけていた。


 その出立いでたちは、ベルナーにも見覚えがあった。彼が見たのはせいぜい、街に用があって立ち寄ったり、使者として訪れていた者の姿だ。この街の領主がついぞとることなく、そのまま勇退を迎えるのであろうと噂されていた、その肩書きを持つ人間。


「こいつ、まさか……騎士か!?」


 賊の誰かが発した言葉に、かの騎士は笑みさえ浮かべて応えた。


「その通り。そら、警備隊のご到着だ」


 店内に現れた警備隊員に剣を向けることのできた賊は、たったひとりだけだった。ベルナーといた賊はすでに取り押さえられていたし、帽子の男は得物を失い対抗する術を持たなかった。そこに三人も四人も隊員が現れたのだ。彼は無駄だと悟ったのか、剣を捨て降伏の意思を見せた。


 こうして、賊は捕縛された。ベルナーは一命を取り留めたが、同時にカウンターに放置されていた“あれ”も警備隊に無事見つけられ、改めて後悔にさいなまれることとなった。しかし、それは死を呼び込むことになった己の浅はかさについてではなく、テルデに迷惑をかけたという申し訳なさから生まれたものに変わっていたのだった。





 営業していないはずの店から警備隊と、縛りあげられた男たち、さらに騎士の外套を身につけた者が出てくれば、騒ぎにならないはずがない。店の前にはあっというに人だかりができ、その中心にはゼルが立っていた。


 賊を捕まえた隊員たちの班長は、ゼルが人波に押されないよう配慮しつつ、この捕り物について説明をした。テルデに居座っていた賊の一味が、店の主人をそそのかし協力を強制、あげく口封じをしようとしていたところを、フェルティアード卿の騎士ゼレセアン様が助けてくれた、と。


 人々は、突如現れた噂の騎士にざわめき、そして新たな武勇伝の誕生に歓声をあげた。ようやく姿を見せた騎士に握手を求める者、ひと目見ようと前に出たがる者、話をさらに広めようと別の地区へ走って行く者と、祭りでも始まったかのような饗宴ぶりだ。


 ゼルは、とうとう騎士として街に出られたこと、そして予想通りの大歓迎を受けたことで、自分の頬が緩んでいくのがわかった。街にはびこる悪者を退治したとなれば、あと押しも申し分ない。


 だが、班長の話した内容は真実ではなかった。表向きには真実となる予定だが、その実、班長自身も半ば巻き込まれたようなものだった。なにせ彼は、一住民の少年の通報を受けて、その案内のもとこの店にやって来ただけなのだ。彼が目にした状況、そして現場にいたゼルの簡単な状況説明をすり合わせ、まずはそういうことにしよう、と口裏を合わせたのだ。


「ほら、ゼレセアン様は賊どもを相手にしたばかりなんだ。それにフェルティ様への報告もしなきゃならん。道を空けてくれ」


 フェルティアードの名が出た途端、人だかりは、それができた時と同じくらいの速さで、散り散りになった。ゼルは少しがっかりしたが、あいつは本当に“フェルティ様”で通ってるんだな、と感心していた。


 エーラ通りが、ゼルが来た時と同程度の人通りに戻ると、そこにぽつんと突っ立っていた少年は、かなり目立って見えた。その目は呆然とゼルを見上げ、ゼルもまた彼の目を見ていた。


「ゼル……ほんとに騎士だったんだ」

「最初に言っただろ、アレン。おれはフェルティアード卿の騎士、ゼレセアンだ、って」


 肩かけにした赤い外套は、重苦しくも鮮やかさを残し、庶民が持ち得るものでないことを表している。金と労力をかければ、その色は再現できるかもしれないが、胸元に輝く、薄い水色の宝石を縁取る銀細工は、とても真似できるものではないだろう。


「おまえもよくやってくれたよ。時間ぴったりに彼らを呼んでくれたじゃないか」

「あんたがすっげえ真面目に言うから……。よっぽどなんだと思って」

「きみがアレンだったのか。これはつまり、きみもこの計画の協力者だったと?」


 班長が意外そうにアレンを見る。アレンはたどたどしくはい、と答えた。


「アレン、おまえもいてくれたほうが報告しやすい。屋敷まで一緒に来てくれないか?」


 えっ、とアレンは飛び上がった。提案したゼルはというと、そんなに驚かれたことに驚いていた。アレンもフェルティアードを慕っている民のひとりだったはずなのに。


「なんだよ、フェルティ様のお屋敷だぞ。いっぺんは行ってみたいと思ったことないのか」

「いや、そりゃあるけど、おれなんかが、そんな」

「アレン、おまえはこの逮捕劇の立役者なんだぞ。胸張れよ。おれもいるんだし」


 急に遠慮しだしたアレンは、ようやく年相応になったようにも見えた。そんな彼を、ゼルは笑ってはげました。こちらは散々された側だが、アレンをからかう気はかけらもない。いいことをしたのなら、しっかり褒められるべきだ。そうしてくれるのが自分でも、警備隊でもなく、あのフェルティアードであれば、アレンも誇らしいはずだ。


「……わかった、行くよ。でもおれ、ああいう立派なところに行く時の作法なんて、ちゃんと覚えてないからな。変なことしようとしてたら言ってくれよ」

「気にすんな、お屋敷のみんなは厳しくないんだから」

「ではゼレセアン様、お屋敷までの道中、この計画の成り行きについて、詳しく教えていただけますか?」

「もちろん。まず、二日前のことなんですけど――アレン? どうした」


 振り向くと、ついて行くと言ったはずのアレンが、また道の真ん中に立ち尽くしている。空を仰いでいる彼の視線を辿たどると、そこには一羽の鳥の姿があった。夕焼けの空色の羽毛に、鮮やかに色の混ざった長い尾羽。飛んでいる姿を見るのは初めてだったが、ゼルはそれがエティールだとわかった。


 フェルティアードのものだろうか。誰かにふみを送る用事があって、自分の部屋から持っていったのかもしれない。アレンはしかし、屋敷のほうへ飛び去るエティールを、それが人をつつき殺す怪鳥かのように見据えていた。


「アレン、おい」


 肩を揺さぶってやっと、アレンはゼルに気づいたようだった。


「あ、なんでもないよ。……あの鳥、エティールだよね」

「ここんとこ毎日見てたから、間違いないな。エティールがどうかしたのか」

「昔、ああいう派手な鳥に、いっぱいつっつかれたことがあって。思い出して、ちょっと怖くなった」

「鳥苦手なのか。もしかしたら書斎にいるかもしれないな。安心しろ。部屋に入る前に、いるかどうか先に見てやるから」


 ずっと下にあるアレンの背をぽんと叩いてやると、彼はくすぐったそうに笑った。

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