第四章「騎士の務め」

成すべきこと(1)

 次のゼルの休日は、またもや晴天に恵まれた。しかし本人はというと、まるで曇天の気分であった。先日とは違い、彼の気持ちは完全に顔に出ていたので、ケイトはすぐそれに気づいてしまった。


「あの……ゼレセアン様。もしご気分が優れないようでしたら、今日はお部屋でお休みになってはいかがでしょう」


 隣り合って歩く騎士は、約束を優先させ無理をしていると思ったのだろう。機嫌を伺うように、まさにおそるおそるといった様子で、ケイトはゼルに視線を向けた。


「お願いはいたしましたが、本調子でないのをおしてまでとは申しませんわ。お身体は大事にしていただかないと」


 それを受けてゼルのほうは、なぜケイトはこんなに怖がっているのだろう、と疑問に思ったおかげで、ケイトが恐れていた表情はきれいさっぱりなくなった。そして、彼女にそんなことを言わせてしまうほど、“そのこと”で頭がいっぱいだったことに気づいた。


「ご、ごめんケイト。そうじゃないんだ、具合が悪いんじゃなくて、その……悩んじゃってて」


 ケイトのこわばった顔がほどけるのを見て、ゼルは悩みの種を打ち明けることにした。彼女にはその片鱗を、すでに話してもいたのだ。


「騎士として仕事を任された、って話は、この前したよね」

「はい、確かに。アレンに危機が及ばないようにする、と」

「うん。それと、アレンが見たものについて、また思い出したことがあれば聞いてくるのもね。それは、うん、その通りにするつもりなんだけど。騎士って、それだけでいいのかな、って」

「でも、フェルティアード様からのご命令は、そのおふたつだけだったのではないですか?」

「そうなんだ。だけど、そんなことだけで、指示されたことをやるだけで、フェルティアードが納得する気がしなくて」


 いつしか立ち止まっていたふたりは、人の流れから離れ、街路に面する建物に背を向けていた。ゼルの考えに、ケイトは自身なりに噛み砕いた内容を口にする。


「つまりゼレセアン様は、騎士には果たすべき基本的な責務があるはずなのに、フェルティアード様がそれについて触れられなかったのが、ご不安なのですね」

「そう、そうなんだ。それにぼくは、普通騎士がどう働いているのかとか、民にどう見られてるのかすらよく知らないんだ。ケイト、きみが思ったり、人から聞いたもので構わないから、騎士がどんなものか教えてくれないか?」


 肩でもつかんできそうな勢いだったせいか、ケイトはわずかに身をすくめた。もしゼルが、年齢相応の背丈と体つきであったなら、彼女はあとずさりさえしていたかもしれない。


 ゼルはこう言ったが、彼とて誰にも質問せず、また調べもしなかったわけではない。フェルティアード本人に聞くのは遠慮したかったので、シトーレや古参の使用人に、騎士階級について世間話を装い尋ねてみたり、図書室で身分や職業に関する本を探したりしていた。しかしこれといって納得できる答えは見つからなかったので、ケイトには、またふたりで出かけるこの時に聞こうと思っていたのだ。


 いざ面と向かって、騎士として動けと言われると、ゼルは急に漠然と不安になってしまっていた。今日までフェルティアードから受けた、わずかばかりの座学や稽古から、彼が指示を出すだけでなく、ゼル自身に考えさせ、答えを見つけるよう教示することもあった。ゼルは、この騎士の仕事においても、己でさらにすべきことを見つけ出し、実行することを強いられていると感じていたのだ。


 ケイトは、握っていたかごの取っ手から片方の手を外し、思案するように口元に当てていた。そして、視線を向かいにある三階建ての長屋に向け、話し始めた。


「まず騎士階級とは、センティーツからブリースまでの、四つの下級貴族階位の俗称ですが、立派な貴族の身分であることに変わりはない。こちらはもうご存知でございましたよね」


 叔父からも聞いて、本でも何度も読んだ基本事項だ。ゼルは真剣な顔で頷いた。


あるじとなる中級階位以上の貴族につき従うのが常で、領地を持つことはできません。ですが身分制限がないので、光るものを見出みいだされれば、誰でもこの階位を得ることができます」

「自分で言うのもなんだけど、まさにぼくそのものだな。田舎の男が、貴族のひと声で騎士になれたんだ」

「もとは、長けた能力を拾い上げて、国に捧げるための制度とも言われていますからね。実際、上位貴族になれなくても、騎士時代に積んだ経験から事業を起こして、成功させたような方もいらっしゃるそうです」


 騎士になることは、それだけで人生に箔がつくようなものだ。もちろん、それを生かせなければ、その箔はただ悪目立ちするだけの、脱ぎ捨てられない衣になるのだろうが。


「ですので、騎士階級とひとことに言っても、それを得た人の目的はさまざまです。騎士自身、そして騎士を従える貴族とで、何を目指していくのか決めるのが重要かと思います。形だけで、小間使いのように使われるから騎士を辞退した、なんてこともあったと聞きました。噂ですので、本当かどうかはわかりませんが」


 ゼルはフェルティアードの顔を思い浮かべたが、同時に口がへの字に曲がったのを自覚した。あの男と話し合いをするのかと思うと、思っただけで気分が沈む。だが、自分を騎士に選んだのは彼なのだ。彼が自分に見出した“何か”は、自分の願い――領地を持つ貴族になることと重なり得るのか。いずれは互いに確認すべきことだろう。


「フェルティアード様は高潔な方だと聞いておりますし、小間使い扱いなんてきっとされませんわ。人それぞれの能力を見て、それに見合ったものや、難なくこなせるはずの指示を出されると、シトーレ様もおっしゃっていました。ですので……」


 ケイトは言葉を区切り、小さく左右に視線を振ってから、言った。


わたくしは、フェルティアード様が、その……そういったをされるとは思えませんの」

「いじわる……」


 というより、陰険とか嫌味とか、そういうやつではないだろうか。だがそんな浮かんだ言葉をそのまま言えるのはゼル自身か、せいぜいゲルベンスぐらいなものだろう。ケイトの表現は、フェルティアードにはなんとも似合わない例えだったが、当の彼女はこのゼルの反応を、別の意味に捉えてしまったようだ。


「す、すみません、決して旦那様をけなすようなつもりは、これっぽっちも!」

「いや、大丈夫わかってるよ。ケイトはとても尊敬してるもんな。で、どうしてそう思うの?」


 急いで頭を下げたケイトを落ち着かせ、ゼルは彼女の返事を求めた。

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