守護の騎士(2)
自室に夕餉が運ばれてくるのと一緒に、ゼルは使用人からシトーレの言伝も受け取った。当然、昼間の件についてのものだ。
食事を済ませて部屋を出る前に、枕元に移動させていたエティールの鳥籠をわずかに開け、給餌してやる。餌をねだって鳴くことはないが、気まぐれに甲高く短い声をあげるので、部屋の一員として少しずつなじみ始めていた。
山吹色の
エティールはこの尾羽のひとつまで、所有者である貴族――この場合はフェルティアードだ――の財産なのだ。たとえ飼い主の貴族が誰かわからなくても、エティールのものだとわかるのであればそれが産毛であっても、勝手に所持することは処罰の対象になるのだという。エティールに関するすべてを学んだわけではないが、もし殺しなどしたら火炙りか絞首刑にされそうだ。
では、所有者の貴族に属する騎士が、こうして勝手にエティールの一部を頂くのはどうなのだろう。次にエティールに関する座学になったら聞いてみよう、とゼルは考え、つまんでいた尾羽はこっそり机の引き出しにしまうことにした。これくらいなら咎めなどないだろう。
フェルティアードの書斎に向かうと、ちょうど廊下でシトーレと鉢合わせた。お早いですね、と微笑む彼の腕には、あの大きな地図と紙束が収まっていた。
書斎に入ったシトーレはさっそく、確たる調査結果として、まず現場とその近辺に、血痕といった明らかな痕跡は一切見つからなかったことを告げた。これに関しては、犯人があらかじめ証拠を残さないよう準備をしていたか、完全に消し去ったかのどちらかと推測された。
次に、住民への目撃情報、行方不明者の聞き込みだったが、これも結果は出なかったようだ。その場を見たかどうかは、大っぴらに「人が殺されるのを見なかったか」と聞いたわけではなかったので、信憑性に難はあったものの、それについてフェルティアードは問い詰めなかった。
今の地図上には、昼の時よりも駒が多く置かれていた。現場にひとつと、警備隊を示す駒が複数。そして、また別の色に塗られている駒が、建物を示す絵の上にひとつあった。その建物の面する通りの名はロット。アレンの家であることは間違いなかった。
その駒を見つめていると、心配はいりません、シトーレが声をかけてくれた。
「怪しげな男の姿はないようです。少なくとも、彼の家の様子を窺っていた人間はおりません」
「ありがとうございます。ひねくれたやつでしたけど、怖がってたのは本当だと思うんです」
ケイトのことを、彼女が名乗ったあとでさえ名前を避け、“使用人様”と呼び続けるような教養のある少年だ。それゆえに頭が回り、様々な問題が起こることを危惧しているのだろう。
「あいつ、おれにいたずらけしかけるのが気に入ったみたいで。それで気楽になれるなら、またつき合ってやりますよ」
「ありがたいことです。普通、騎士階級ともなれば、一介の平民と戯れるならまだしも、分部不相応な言動をとられるなど我慢できるものではないのですが。ゼレセアン様のお心遣いには、大変痛み入ります」
さすがのゼルも、こう何度も頭を下げられては、遠回しにけなされている、などと思い続けるほどねじくれた性格ではない。気にしないでほしい、と遮る暇もなく、シトーレは続けた。
「何より、せっかくの休日にお仕事を押しつけるような形になってしまい、申し訳ございません」
「構うな、シトーレ。ゼレセアン自ら買って出ているのだ、そう
「これはこれは、逆に失礼でありましたかな。
丸めていたわけではないが、シトーレはすっと背筋を伸ばした。深い皺を刻みながら口角が上げられ、どこか楽しそうな両目がフェルティアードに向けられる。彼はそれを正面から見はしなかったようだが、視界の端には入ったのだろう。ゼルにはとても届かない、ごく小さなため息をついて、彼はひとつの提案をした。
「休日を返上してまで行動するのは評価しよう。だが休息の時間を減らすわけにはいかない。明日からのおまえの予定に変更を加え、休むべき時間を分散させて取ってもらう」
「それって、座学や稽古の時間が減るってことか?」
「そういうことだ。身分を隠し、相応の振る舞いを制限するとはいえ、民を守るという点では、おまえのすることは騎士の仕事になる。手を出した以上後戻りはできん。責任を持って、最後までやり遂げろ」
見下ろしてくる
「ベレンズ王国貴族位、第十階位ウォールスのジュオール・ゼレセアンに命じる。テルデの民を危険から遠ざけ、賊に関する情報の提供を仰げ。これが最初の、我が騎士としての務めだ。その階位に恥じぬ良き行いを期待するぞ」
毅然と命令を下すフェルティアードの姿は問うまでもなく、指導者のそれであった。
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