11/18 椿

 大学祭の一日目だった。私は実行委員会でもないし、サークルにも入っていない。高校までとちがって、クラスで強制的に何かやらされるということもない。ただゼミで未美ちゃんがどうしてもメイド喫茶がやりたいと言い張り、みんな反対するかと思ったらそういうわけでもなく、あれよあれよという間に先輩たちがゼミでよく使う校舎の端の教室を押さえてくれて、コーヒーと市販のお菓子だけ出して自由参加、というゆるい雰囲気の喫茶が設営された。

 未美ちゃんは、先輩たちには可愛がられているのだ。同じ学年の中でも嫌われてはいない。なんでだろう、と腹立たしく思う。たしかにゼミの先輩たちは優しいけど、強引で空気の読めない未美ちゃんが嫌がられることなく受け容れられている様子が、私はずっと気になっている。


 橘さんはメイド服は着ないだろうと思っていたけど、やっぱり着ていなかった。その代わりに、先輩が持ってきたタキシードっぽい服を恥ずかしそうに着ていて、すごく素敵だった。佐久間くんはしっかり女装してメイクまでされていた。


<「嫌い」の半分は「うらやましい」か「嫉妬」だよ>


 空き時間にスマホを眺めていたら、タイムラインに流れて来た。本当にそうだろうか。私は未美ちゃんのことを「うらやましい」と思っているんだろうか? いや、違う。それに、どちらかといったら私は橘さんのことの方が、「うらやましい」と思っている。いや、それも違うかも。私は、橘さんと親しくできる人、たとえば誰だろう、桃田さんとかだろうか、そちらのほうを「うらやましい」と思っている、どちらかというと。でも、べつに桃田さんのことは嫌いじゃない。そういうことだ。「嫌い」は、「嫌い」だ。


 佐久間くんと未美ちゃんと三人で、校舎の横を歩くタイミングがあった。植え込みの横を歩きながら未美ちゃんが、ねえ椿って花がそのままポトッて落ちるんだよね、と突然言い出した。未美ちゃんの視線の先を見ると、そこには山茶花が咲いていた。いやこれ椿じゃなくて山茶花だし、と、思ったけど言わなかった。佐久間くんは聞いているのかいないのか、へえーそうなんだ、と生返事をして、風になびいたヘッドドレスをまんざらでもなさそうに直していた。

 橘さんの下の名前は椿という。橘椿。どちらも植物だ。小説に出てくるお嬢様みたいな名前、ボーイッシュな彼女にはギャップがある。そのことを思うと、ぶわっと鳥肌が立ってどきどきした。

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