11/10 来る
十一月十日は「トイレの日」なのだという。誰が決めたのか、ただのこじつけっぽい。
高校までは学校のトイレは暗くてじめっとしていて嫌だったけど、大学のトイレはいつも綺麗だ。掃除は業者さんが入っているのだと思う。窓も結構大きくて、からっとしている。
生理が来る直前、えもいわれぬ気持ち悪さに襲われる。といっても、胸がむかむかするとか吐き気がするとかの物理的な気持ち悪さではない。悲しくなるとか怒れるとかの、感情でもない。出どころのわからない、不快な気持ち悪さ。ずっと続くわけでもないが、話しているとき、歩いているとき、洗濯物を干しているとき、突然、じわりと迫るように来る不穏。今は一瞬で去って行くけど、もしかしてホルモンなんかが関係しているのなら、将来、妊娠したときにはこの感覚がずっと続くんだろうか。そうなれば日常生活に支障を来してしまいそうな気がして、少し不安になる。ただ、本当にそうなると決まったわけでもないし、今のところ、自分が子どもを産むということも、漠然としか想像できなかった。
時間は二限目が始まったばかりで、九号棟のトイレは空いていた。ぽっかり明るい個室の中で座って、本当は汚いからよくないんだけど、こっそりタブレットを取り出して「帝王の首塚ドットコム」にアクセスする。校内だから、音量はミュートで。
そのとき、ふいに物音がした。水の流れる音もしたから、入ってきたときぼうっとしていて気づかなかったけれど、個室からだれか出てきたようだった。次の瞬間、聞き覚えのある声が外からして、私は危うくタブレットを取り落としそうになった。
「来ちゃった」
橘さんの声に、聞き取れなかった低い声でなにか返したのは、同じクラスの桃田さんだろうか。心臓がばくんばくんと跳ねていた。二人が去るまで、息を殺した。
生首には生理は来ない。首の切り口から、少量の血は常に滲んでいるけれど。生身の橘さんには、生理が来る。勿論、橘さんとそんな話を、私はしたことはない。橘さんにも、あの謎の不快が、訪れることがあるだろうか? タブレットを除菌シートで拭いてからかばんに戻し、立ち上がって水を流した。また、あの不快が、下腹部から喉もとまでを一瞬吹き過ぎ、曖昧に消えていった。
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