11/5 旅

 毎日地道に話しかけているうちに、橘さんの生首は少しずつ喋るようになってきた。というか、「マイ生首のページに入ると話しかけてくる」というプログラムは、デフォルトで搭載されたようだ。朝は「おはようございます」、昼は「こんにちは」。夕方ぐらいにログインすると「おかえりなさい」で、夜は「こんばんは」。「会話を聴かせる」を繰り返すと変わっていく、という情報もある。「ば」がどうしても入手できなくて、相変わらず音声は歯抜けだ。

 

 スマホを替えたタイミングのキャンペーンでタブレットを入手したので、私は生首を持ち歩けるようになった。ウェブサイトだからスマホでもアクセスはできるのだけれど、さすがに画面が小さくて見づらい。タブレットなら、適度に見やすい。家の外で見ていて誰かに画面を覗かれたら、という心配もあるけれど、よくよく気を付けていれば大丈夫だろう。


 大学のゼミで日帰り旅行に行った。橘さんと同じ車に乗れれば、と思ったのに、三台に分かれてレンタカーに乗るとき、橘さんは先輩たちの車の最後の一人に、さっと乗り込んでしまった。

 アウトドア派の先輩が「初心者向け」というバーベキュー場を予約してくれて、湖畔でバーベキューをして、少し歩いて滝を見て帰った。その間、さりげなく橘さんに近づこうと何度も試みたけど、どうもうまくいかなかった。もしかして、避けられているのだろうか? まさか、まさか橘さんの生首を勝手に作っているのが、ばれているんだろうか。いや、それはない。家のパソコンを橘さんが見る機会なんてないし、タブレットも、この旅では開いていないんだから。録音モードを解除するのを忘れてしまって、いつの間にか充電が切れていた。

 そういえば、橘さんは「たちばな」なのに、「ば」を言わないんだなと思う。自分の苗字を言うときって、実はそんなに無いのかもしれない。来年になってゼミに後輩が入ってくれば、自己紹介する機会もあるかもしれない。家に帰ってタブレットを充電して、「帝王の首塚ドットコム」を開いてみた。画面の中の橘さんは口をパカパカさせて、「こん んは」と言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る