11/6 眠り

 生首は眠らない。「帝王の首塚ドットコム」に夜中にアクセスしても、橘さんの生首はいつも起きている。一晩中見張っていたわけではないが、ほかの生首もそうみたいだ。SNSを眺めていても、生首が眠るという書き込みは見られない。

 深夜にログインしたときの挨拶は「こんばんは」(正確には、「登録した声で話す」を選ぶと「こん んは」)。朝は何時から「おはようございます」になるだろうか? 明け方は私もぐっすり眠っているから、まだ試したことはない。朝四時ぐらいだろうか、なんとなく。

 そういえば、「ぐっすり」は「good sleep」の略らしい。本当だろうか。


 橘さんが眠っているところを、一度だけ見たことがある。講義が休講になった日、誰もいなくなった教室でだ。三〇三教室は狭い部屋にキャパオーバーな量の椅子が突っ込んである教室で、その一番奥の席で壁に軽く凭れるようにしていた。長いストレートの髪が顔を隠し、どういう顔で眠っているかは、見えなかった。そうっと近づこうとした瞬間、背後から数人の話し声が聞こえ、それに呼応するように橘さんの身体が身じろいだ。私はあわててそこを離れた。


 初心者向けとはいえ昨日アウトドアしてきたので、授業中うとうとしてしまった。講堂を暗くして映像を流されたので、つい。斜め前の男の子たちもたぶん寝ていたし、油断した。

 浅い眠りの中で、私は橘さんの生首と会話していた。「帝王の首塚ドットコム」にアクセスして見ている、ということは頭の中でうっすらわかってはいるのだけれど、生首は妙に立体的で、本物みたいだった。二パターンの写真から作られるアニメーションではなく、橘さんの生首は、これまで一度も見たことのないような楽しそうな笑顔をこちらに向けて、私にいろいろと話しかけていた。私もできるだけの笑顔でそれに答える。多幸感に包まれた瞬間、頭がガクンとなって、目が覚めた。

 自分が眠りながら声を出してしまっていたのではないかと心配になり、そっと周りを見回す。しかし特に変わったところはなく、前のスクリーンには映像が流れ、斜め前の男の子たちは、まだ寝ていた。

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