11 メーカーズマーク(陽太&朔人)

 兄とは父親が違うと聞かされたのは、僕が十四歳の時だった。

 十歳年上の兄は、物心ついていたから、それを知っていたらしい。しかし、彼の新しい父親である僕の父とは仲が良かったので、僕は何も気付いていなかった。

 やがて僕は二十歳になり、誕生日の日は兄が僕の一人暮らしの部屋に来て祝ってくれた。メーカーズマークというウイスキーを持って。

 そのウイスキーは、赤い蝋でフタがされていて、とてもお洒落だと思った。兄はグラスに少しだけ、そのままウイスキーを入れてよこしてきた。アルコールの匂いがワンルームに広がった。


「どうだ、朔人さくと

「うーん、兄貴、初めての酒でウイスキーはさすがにキツいよ」

「なんだ、朔人は本当に今まで酒を飲んでなかったのか?」

「うん。そんなに興味もなかったし、機会もなったからね」


 兄はイラストレーターとして何本も仕事を抱えていた。勤め人じゃないからと、見た目は派手で、金髪に赤のメッシュが入っていた。首には蝶のタトゥーがあった。


「やっぱりソーダ割にするか。炭酸あるぞ」

「なんだよ兄貴、あるんなら最初からそっちで飲ませてよ」

「まあ、ストレートの方が印象に残ると思ってな」


 子供の頃は、兄と僕とは似ていると思っていた。それが大人になるとまるで変わってしまって、僕は父に似て小柄で女顔なのに対し、兄は背が高く雄々しい顔つきになった。兄の父もそういう人だったのだろうか。

 兄はグラスに氷を入れ、箸を一本だけ使って少し混ぜると、ウイスキーと炭酸を入れ、また混ぜた。僕はそれを一口飲んだ。


「これなら飲めるかも」

「俺も飲むよ」


 飲み干す頃には、顔がかあっと熱くなってきた。僕は床に寝転んだ。


「兄貴、やっぱりまだ酒は早かったわ……」

「朔人」


 兄が覆い被さってきた。そして、唇を奪われた。僕は押し退けようとしたが、兄の力は強く、口をこじ開けられた。

 僕は兄の首をつねった。ちょうど蝶のタトゥーがある辺りだ。しかし、やまない。否応なく舌を絡ませられ、僕の呼吸は苦しくなった。

 ようやく解放され、僕は深く息を吸った。自分に起こったことが信じられなかった。


「……兄貴」

「すまん、朔人。もう我慢できなかった」

「酷いよ」

「そうだよな」


 初めてのキスだったのに。僕は兄の頬をはたいた。


「帰って」

「……ああ」


 酔った勢いなんかじゃない。兄は確実に僕をそういう目で見ていたのだ。そのことに、心の整理が追い付かなかった。

 兄が立ち去った後の床の上には、空のグラスとメーカーズマークだけが残されていた。

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