序ノ弐 鬼ノ島を目指そう
(……で。結局ここは何処なんだ?)
桃太郎は入手したばかりの「
生まれ育った小さな村が鬼に襲われ、居ても立ってもいられずに鬼の討伐を申し出たものの、辿り着いたのは鬼ヶ島ではなく知らない街。自分はどれだけ方向音痴なのだと、彼は少し落ち込んでいた。
(そういえば、あの小さな村から出た事なかったもんな)
小さな村の小さな家で、お爺さんとお婆さんに大切に育てられた。血の繋がった親とは違うかもしれないが、大切な家族だ。何の憂いも不自由もなく育ててもらった事に感謝しながら、桃太郎は
「まずは、この道を真っ直ぐ……鬼ノ島……あれ、鬼ヶ島じゃ無いのか? 鬼ノ島?」
現在地から海を越えた遥か先。『鬼ノ島』という島が絵図にはしっかりと書いてある。しかし、桃太郎が目的地にしている『鬼ヶ島』とは、名称が少し異なるのだ。
果たして、鬼ノ島と鬼ヶ島は同じ島なのか、それとも違う島なのか。桃太郎は悩んでいた。
「お兄さん。何かお困りですか?」
「そうですね……お兄さんの言う、鬼ヶ島……? というのは知りませんが、鬼ノ島の噂なら少し聞いたことがありますよ」
「本当か!? ぜひその話を……」
「その前に、まずはお茶。飲んでいかれません?」
にっこり笑顔で店先の長椅子を勧められ、桃太郎は渋々座った。何とも商魂たくましい看板娘だ。
「茶をもらう」
「ご一緒にお団子は……」
「団子は持っている」
「まさかこの店で、
再び笑顔で圧をかけられ、桃太郎は苦笑いで団子の注文をした。すぐに串に刺さった鮮やかな三色の団子と湯気の立つお茶が運ばれてくる。
「こんなに鮮やかな色の団子は初めてだ」
「そうでしょう。当店自慢のお団子なんです!」
茶屋の娘が弾んだ声で言った。桃太郎は感心したように団子を翳してたっぷりと時間を取ってそれを眺め、一口食べた。お茶を啜って一息ついてから、質問の答えを促す。
「で。鬼ノ島について知っていることを教えてほしいんだが」
「そうそう。なんでも鬼ノ島には、すごくたくさんの宝物が眠っているらしいとか」
「宝物……なら、俺の村から奪ったものも、そこにあるかもしれないな」
桃太郎は大きく頷き、再び団子を頬張った。きび団子よりも強い甘さが、長旅の疲れに沁みる。
「美味いな」
「ふふ。この街で一番美味しいんですよ!」
再び嬉しそうに笑う彼女の言葉に、桃太郎は黙って頷いた。彼の中でお婆さんのきび団子が不動の一位なのは揺るがないが、この街のものではないので引き合いには出さない。実際、村を出て最初に休んだ茶屋では、彼は堂々ときび団子推しを宣言して店主と少し揉めていた。彼はその事を思い出し、少し反省していたのだ。
「……さて。茶も美味かったし、世話になったな。代金は……」
「八文でぇす」
「高すぎないか!?」
桃太郎は思わず大声を出した。彼の村では団子は四文程度。情報料を上乗せしたとしても高すぎる。
「とんだぼったくり茶屋だな」
「……やっぱり十文……」
「わ、わかったよ……八文な」
娘の目は本気だ。これ以上釣り上げられたらたまらないと渋々支払おうとすると、目の前をふらふらと歩くひとりの娘が目に入った。
「あ」
彼女を見て、茶屋の娘があからさまに嫌な声を出す。桃太郎はその反応を見た上で、再度その
年の頃は二十歳そこそこといったところだろうか。雪のような純白の髪の間から生えた柔らかそうな耳、白い尻尾が歩くたびにふわふわと揺れている。しかし前屈みでお腹を押さえながら歩いている姿を見るに、とても具合が悪そうだ。
「腹が痛いのか?」
桃太郎はすぐに助けようと腰を浮かせたが、茶屋の娘は首を振る。
「関わらない方が良いですよ」
「どうしてだ?」
「あの
「腹が減ってるのか。それはいけないな」
桃太郎は立ちあがった。その声に反応して、亜麻色の瞳がこちらを向く。茶屋という場所に空きっ腹が反応したのか、ぎゅるるる、という音が彼女の腹から大きく聞こえた。
「お……おなか、すい……た」
彼女が幽霊のような生気のない顔でこちらに向かってくる。危機感を感じた茶屋の娘は、慌てて桃太郎の背に手を当てた。
「ぜーっったいにあの犬をこの店に連れてこないでくださいね! 団子のお代は無しでいいですから、あの
「え? うわっ!」
ドン、と背を押されて、桃太郎は大きく前に出た。犬娘とぶつかりそうになり、至近距離で目が合う。
彼女の色素の薄い亜麻色の瞳が桃太郎の眼前でぱちりと瞬いたかと思うと、その目線が少し上へと滑っていく。桃太郎は転ばないように体勢を整えながら、彼女の大きく開いた口の中で、小さな牙がきらりと光るのを見た。
「桃だっ!」
――ガブリ、と額に牙が食い込み、桃太郎は今度は背中から倒れ込んだ。いつの間にか娘の姿はなく、代わりに真っ白な毛で覆われた大きな犬が、桃太郎の腹に片足を乗せている。
お婆さん手作りの自慢の鉢巻きが血と脂汗と犬の涎で染まっていくのを感じながら、桃太郎は街中に響くほどの大声で叫んだ。
「痛ってぇぇ――――!!」
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