第20話 腑に落ちないこと/黒斗

 事件解決から1週間。被害に遭った人間達は徐々に回復の兆しを見せ、逃げ出していたあやかし達も、アイ袋に戻りつつある。


 一見すると平和な日常。しかし、黒斗の胸中には払拭出来ないもやもやが溜まり、大きなストレスとなっていた。


 道真公は何者かと接触したことで、『令和のあやかし流行語』に記載された心霊スポットの主になったのである。元は人間であったとは言え、道真公が神様であることに違いはない。それを操ってみせるなど、いったい何者の仕業なのだろうか。


 SNSという現代のツールを使ってはいるが、今時はあやかしだって当たり前に使いこなす時代だ。安易に犯人を人間だと断定することは出来ない。よって、この何者かを、仮に『存在エックス』と呼称することにする。


 さて、この『存在X』。SNSで大々的に活動している割には、なかなか尻尾を掴ませてくれないやり手だ。ネット経由で居場所を特定しようとしても、途中で二重、三重の妨害を受けてしまい、個人を特定出来ない。調べようとすればするほど、きつねやたぬきにかされている気分になる。


 せっかく犯人を見つけ出し、事件を解決したのに、根本的な謎が謎のまま残っているのだから、気持ちが晴れないのも道理と言えよう。


 放課後。大抵の生徒がいなくなった教室の後ろの席で、机に突っ伏しながら1人大きなため息を吐いてみれば、いつの間にやって来たのか、菜月が黒斗を見下ろしている。その表情はにこやかで、黒斗の胸中にますますの不満を膨らませた。


「何だよ、藍川」

「おっ、流石はさとりって言うべきなのかな。近づいただけでよくわかったね」

「お前の心の声は大きいからな。ヘッドホン越しでもよくわかる」


 今のところ、菜月が黒斗の正体を周囲に漏らす様子はない。彼女の性格ならば、例え他人ひとの弱みを握ったところで悪用することはないだろうが、それでも人の耳と言うのはどこにあるかわからないものだ。ちょっと口にしただけで意外な誰かが聞いていた、何てことは充分起こり得る。そういう点では、秘密を漏らさないよう、普段から気を使ってくれていると言う証と言えるか。


「で、何の用だ?」

「用事がなかったら話しかけちゃダメな訳?」

「一応クラスメイトだからな。ダメってことはないけど、時間の無駄だ。交流を持ったところで、所詮は人とあやかし。住む世界が違う」


 今回の一件では、菜月自身が首を突っ込む気満々だったので仕方なく協力したが、本来は深く関わるべきではない。どちらから寄って行ったにせよ、碌な結末を迎えないことは黒斗の両親の件ではっきりしている。簡単に言えば、人間である黒斗の父は、あやかし事件に巻き込まれて、若くしてこの世を去ったのだ。それは、黒斗が生まれてから、わずか数年後のこと。


 物心がついた時には父はいなかったので、黒斗には父親の記憶がほとんどない。菜月とどうこうなるつもりは更々ないが、それでも一定以上距離を保っていた方が、お互いのためであると、黒斗は考えていた。


「そんなもんかな~。私は案外上手く共存出来ると思ってるんだけど?」

「2回も死にかけておいてよく言うよ」


 黒斗としては牽制の意味もあったのだが、それでも菜月はどこ吹く風と言ったところ。スマホの画面を見せながら、顔をずいっと黒斗の方に近づけた。


「田原さん達。少しずつだけど回復に向ってるってさ」


 田原家の母親からだろう。画面には、娘2人の調子がよくなって来ているという旨のメッセージが表示されている。とりあえず、道真公はこちらの提案を受け入れ、事態を収拾してくれたらしい。


 あやかし伝手づての情報によれば、同じように鳴ってもいない雷に脅えたり、突然意識不明になると言った症状の出ていた人間の多くが、その症状から解放され、徐々にだが元の日常に戻りつつあるとのこと。代償として黒斗が背負ったものは決して軽くないものの、命に別状があるという訳でもないので、願いの大きさの割には安く済んだと言っていいだろう。


「そりゃよかったな。これで藍川が、あやかし事件に首を突っ込む理由もなくなった訳だ」

「それは、まぁ、そうなんだけど……」


 妙に歯切れが悪い物言いをする菜月。嫌な予感がする。


「ちょっと、これをみて欲しいんだけどさ」


 菜月がスマホを画面をスワイプすると、画面が切り替わり、人間の体を一部を近距離撮影したような画像が映った。


「……肉球の痕だな」


 人間の腕にくっきりと残った、スタンプ状の肉球の痕。普通に考えれば、肉球で触られたからと言ってこのような痕が残るはずはないので、普通なら「どうせタトゥーか何かだろう」と思うだろう。


 しかし、黒斗にはわかってしまった。それが決してタトゥーなどではないということが。


「藍川。お前……」

「……知り合いの子からの相談でね? その……、尻尾が2本ある野良猫に付けられたって」


 黒斗は盛大にため息を吐いた。例のSNSアカウントの件も解決していないのに、また新しいあやかし事件を、菜月は持って来たのである。


 菜月と黒斗のお悩み解決あやかし奇譚は、まだ終わらない。むしろ、この2人が出会ったことで、事態はより大きく発展して行くのだが、それはまだ、少し先の話だ。



                       第1章 幽霊騒動 完

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藍川菜月のお悩み解決あやかし奇譚 C-take @C-take

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