第19話 こうして彼女はさとりと出会った/菜月

 あやかしと呼ばれる存在が実在すると言うことは、Z保町の古書店で既に知らされている。しかし、それ以上の衝撃的一言が、黒斗の口から発せられた。


「俺はさとりの末裔なんだ。こう見えても人間じゃない」


 菜月からすれば、彼はどこからどう見たって、どこにでもいるイケメン高校生。他人と距離を取ろうとしているところとか、常に大きなヘッドホンを身につけているところとか、他人ひとと違うところはあるものの、それでもそれはあくまで個性の範囲。「実は人間じゃない」と言い出されても、ただただ困惑するのみである。


 さとりの能力は言わずもがな、他人ひとの心を詠むことが出来るというものだが、黒斗が言うには、それはあくまで表側の力らしい。裏に当たる力こそ、黒斗が言っていた奥の手であり、この状況を打破する手立てだと、彼は説明した。


 その力と言うのが、「他人ひとに自分の心の声を伝える」というもの。これならば、対面していなくても声を届けることが出来るし、言葉にするよりも多くの情報を短時間で相手に伝えることが可能らしい。


 と、そんな真実を知らされたのがつい先ほどのこと。今は例の光から全力で逃げつつ、能力が届くギリギリの距離まで、道真公に近づくために奔走していた。もっとも、菜月はいまだに黒斗の肩に担がれたままなので、何もすることが出来ないでいるのだが。


「ねぇ、私はいつまでこのままな訳!?」

「お前は少しばかり自己犠牲の精神が強いからな! 念のため、話がつくまでこのままでいてもらう!」


 要するに、事態が収集するまでは米袋役に徹しろということらしい。確かに、一緒に走って逃げるということになれば、その場その場の判断で散開するという手段も取りかねないだろう。光の狙いはあくまでこちらなのだから、黒斗を自由にした方が効率がいいと菜月なら考える。それをさとりの能力で読まれている訳だ。


「余計なこと考えてないで、しっかり口閉じてろよ! 舌噛むぞ!」


 次の瞬間。急激なターンで光をかわし、黒斗は道真公との距離を一気に詰める。


「道真公! これが、こちらから提示出来る新しい条件です! どうか聞き届けていただきたい!」


 刹那。黒斗の身体から風が吹いたような気がした。優しくて、温かい、それでいてとても力強い風。その風はまたたく間に周囲へと広がり、道真公の下へと届く。


 しばしの間。黒斗が具体的にどういう条件を提示したのか、菜月にはわからない。しかし、気付けば例の光は消えており、道真公もどこか穏やかな顔に変っていた。


「なるほど。この条件であれば、我もこの制約せいやくから解放される。流石は皐月原と言ったところか」


 道真公は「これで自身も救われる」とでも言うかのように、薄く笑みを浮かべ、徐々にその姿を薄くしていく。そんな道真公に対して、黒斗はこんな言葉を投げかけた。


「道真公。あなたは『令和のあやかし流行語』というSNSアカウントをご存知ですか?」

「……今更隠す必要もあるまい。ああ。知っているとも。我はそれに沿って、今回の騒動を起こしたのだからな」


 つまり、SNSアカウントが先にあって、その上で、道真公はことを起こしたと言うこと。何故、道真公はそんなことをしたのか。制約とは何のことなのか。まだ解明していない謎はあれど、流れとしては事件解決と思っていい。このまま道真公が引いてくれるのなら、田原姉妹達にかけられた呪いは解除されるであろうからだ。


「SNSアカウントの主と会ったことはありますか?」

「会った。だが、その詳細を語る訳には行かない。制約以上に強い枷がかけられているからな」

「……そうですか」


 黒斗が小さく息をつく頃には、道真公の姿は闇に溶けるように消え、後には何もない慰霊碑だけが残る。


 ことが済み、菜月はその場に下ろされた。いろいろと大変な目には遭ったものの、これにて一件落着。ふと見上げると、そこにはまん丸な月が輝き、世界を優しく照らしてくれていた。

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