第15話 交渉開始/黒斗①

 菜月が今、どんな状況にあるのか。それは心の声を聞けば手に取るようにわかる。彼女は雷に脅え、うずくまっているのだ。


 症状としては田原姉と同じ。実際には鳴っていない雷を恐れている状態だ。恐らく例のSNSアカウントの存在を強く意識したことで、問題となる怨霊と、霊的なパスが繋がってしまったのだろう。だが、返ってよかったのかも知れない。それによって、菜月が今、誰の影響でこうなっているかがわかった。


 天候。特に雷にまつわる怨霊と言えば、察しのつく者もいるかも知れない。日本三大怨霊の一人。菅原すがわらの道真みちざね公。類稀な才能に恵まれ、出世街道を進んでいたのだが、見に覚えのない罪で左遷され、死後に怨霊となった。


 かの大怨霊がもたらす呪いとしては、原因不明の病死を始めとした怪死事件と、清涼殿せいりょうでん落雷事件の名の通り、突然の落雷である。今回の事件では、まだ死者は出ていないが、これこそ、黒斗の祖母が言外に示していた、事件の肝。確かに怨霊による影響が出ているのに、誰一人として命うを失うまでに至っていない。そこが重要だ。


「菅原道真公。犯人はあなたですね?」


 黒斗は慰霊碑の上に座している怪異に話しかける。すると、それまでは謎の黒い靄ではっきりしなかった怪異の顔が、鮮明に見えるようになった。


 相手は平安時代の人間。現代語が通じるかどうかはわからなかったが、生憎と平安言葉で話しが出来るほど、黒斗は勤勉ではない。相手は学問の神様なのだし、現代語にも対応してくれていないかと、他力本願な考えを脳裏に浮かべる。


「縁も結んでおらぬのに、我の姿が見えているのだな」

「少々出自が特殊なもので」


 黒斗は内心で「ほっ」と息を吐いた。どうやらこちらの言葉はしっかりと通じている。多少言い回しは古いものの、相手の口から出てくるのは現代人でも理解出来る言葉だ。これならば交渉の余地もあろう。


「まぁよい。今回は身に覚えのないことではないからな」


 道真公は居住まいを正し、改めてこちらを見据えた。怨霊という割りには、しっかりとした風体である。どちらかというと、神格化された後、天神としての立ち位置に近いのかも知れない。


 大怨霊と話をつけるよりは、神様相手の方がまだ話が通じる可能性がある。黒斗にとってはありがたい話だ。


「して、そなたは我をどのようにしたいのだ?」

としては、このまま身を引いていただき、あるべき場所にお帰りいただきたく」

「ほう。理由を問いただす訳でもなく、ただ去れと?」

「御身の都合を測るなど、には度の過ぎたおこないですので」


 納得が行かないのか、道真公の表情がやや曇る。相手は怨霊であると同時に天神てんじん。要するに神様だ。下手な受け答えをすれば、天罰が下っても仕方がない。受け答えをした黒斗本人に天罰が下るのは仕方がないとしても、天罰というものは、大抵対象が個人の枠に留まらないもの。天災など起きようものなら、それこそ一大事である。


「そなたの言う我々とは、人か? あやかしか?」

「両方でございます」

「両方……か。大きく出たな。人とあやかし、双方の代理として、そなたはここにいる、と?」

「それが我が一族の使命なれば」

「一族か。名を聞こう」

「皐月原でございます」


 黒斗が家の名を口にすると、道真公は得心が言ったとばかりに眉を持ち上げた。


「なるほど、な。そなたが当世で名高い皐月原の末裔か。随分と人に近くなったではないか」

「時の流れとはそういうことかと。しかし、能力に変わりはございません」


 相手はこちらの存在を知っている。とするなら、一気に切り込むべきか。長々と今の状況を続けて、菜月に悪影響が残らないとも言い切れない。黒斗は早々に事件を解決するべく、道真公にある願いを申し出た。

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