第12話 あやかし達の動揺/黒斗②

 新しい情報があった場合、それは自分の知らないところで事件が広がっていると言うこと。逆に何の追加情報もない場合、それはそれでこの先の方針が決められない。これ以上に事件が起こって欲しい訳ではないが、せめて捜査の取っ掛かりくらいは欲しいところだ。


「今のところは目ぼしい情報はないね~。あやかし達は脅え上がって、次々にアイ袋から逃げ出してるけど」

「あやかしが逃げ出すレベルって、相当なもんだろ……」


 元々が隠世あちら側の存在であるあやかしは、基本的に自身が生きているという感覚が薄い。故に、自己防衛に関しては無頓着なのだが、それが逃げ出したと言うことは、よほどの大物が今回の件に絡んでいるということになる。


 相手が誰にせよ、あやかしが逃げ出すレベルの大物となれば、近いうちに人的被害は爆発的に増えるだろう。そうなる前に事件の犯人を特定し、相応の対処をしたいところだ。


「さて、黒斗。あんたはこの件をどう片付ける?」

「犯人もわかってないのに聞くのかよ。流石にせっかちが過ぎるぜ、婆ちゃん」

「こっちだって、あやかし達からせっつかれてるんだ。――あやかし専門の何でも屋は何をやってるんだって。事件調査の依頼を受けたんだろ? だったらしっかりと仕事しな」

「俺が受けたのは調査依頼であって、解決じゃ――」

「10を依頼されて11、12とこなしてこその個人事業だよ。それはもう教えたはずだ」


 黒斗が母親から引き継いだ、何でも屋家業。母親からはまだ早いと突っぱねられかけたものの、無理を言って引き継がせてもらったのである。無茶をしがちな母を思ってのことだったが、実際になってみると、しょうもない喧嘩の仲裁だったり、迷子のペット探しだったりがもっぱらで、仕事らしい事件は今回が初めてのこと。正直、勝手がわからないという他ないのだが、それを言い始めたら仕事なんてやっていられない。


 元々、黒斗があやかしから受けた『東アイ袋中央公園の調査依頼』は、ここ最近になってくだんの公園の霊的治安が悪いということが発端になっている。最初は原因を探って欲しいとのことだったが、ここまで事態が深刻化すると、「調べました。確かにやばいです。はい、おしまい」という訳にも行かない。それでは皐月原の名に傷が付く。


 皐月原姓を名乗る代々の『さとり』達が築き上げてきた信用。それを自分の代で壊すことは、黒斗の思いからはかけ離れているのだ。なればそこ、彼はこの事件を見事解決することで、「皐月原がいれば安心だ」という家のイメージを守らなければならない。流石に今回の件は、若輩じゃくはいの黒斗には荷が重いように思うものの、それを乗り越えた時に得られる評価は、黒斗にとっては母を納得させるのに必要な実績だ。何としても、この苦境を乗り越えなければなるない。


「婆ちゃんは心の声をシャットアウト出来るから、一応聞くけど。俺にわざと情報を流さないようにしてる?」


 祖母にそう聞くと、「面白い」とばかりに、目を細める。


「どうしてそう思った?」

「俺よりもずっと知識の豊富な婆ちゃんに、今回の件の犯人がわからないとは思えない。きっと俺が今までに調べた情報だけで、犯人に辿り着く。それが歴代最優と言われた、先々代の何でも屋である婆ちゃんだ」

「何だい、藪から某に。こんなババア褒めちぎって、小遣いでもねだる気かい?」


 茶をすすりながら笑う祖母の態度は、どこにでもいる縁側の老人そのもの。少しも秘密を抱えているようには見えない。人生経験で負けている以上、言葉のやり取りで勝てないのは当然のこと。しかし、黒斗は知っている。この老婆は母親と同じで、筋金入りのお人好しなのだ。可愛い孫のためになら、平気で嘘を吐くし、泥を被る。意地悪で抜け目のないばあさんくらいは、お茶の子さいさいで演じて見せるだろう。


 つまり、この態度こそが、こちらに伝えたい情報なのだ。「上手く読み取って、役立てろ」と、そういうことである。


 人間に被害が出て、あやかしが避難を始めているにもかかわらず、自身は踏み込んで来ずに、座して待つ。それはつまり、事件さえ解決すれば、一連の騒動は丸く収まると言うことだろうか。


 思っていたよりも、事態は深刻ではない?


 黒斗の脳裏にその言葉が浮かぶのに、そう長くはかからなかった。

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