第11話 あやかし達の動揺/黒斗①

 田原宅をあとにした黒斗は、追加の情報を探るべく、情報通のあやかしのアジトを目指す。うしろを菜月が必死になって付いて来ているが、こちらの正体を探らないという条件で関わらせることを決めた以上は、彼女の同行にも配慮が必要か。


 ほとんど小走りになっている菜月にペースを合わせてやると、彼女はようやくかと言った風に、ぜいぜいと息を切らせながら黒斗をにらめつけた。


「皐月原君、歩くの速過ぎ! そんなんじゃ女子に嫌われるよ!」

「別に好かれようと思ってないからな」

「顔はいいくせに、随分無頓着なんだね」

「母親にもよく言われるよ」


 そもそも、こちらが願って一緒に行動している訳ではないのだから、歩くペースくらい自由にさせて欲しいところ。「こうしてペースを合わせてやったんだからいいじゃないか」という言葉は流石に飲み込み、黒斗は軽くため息を吐く。


 ちなみに、目的の場所は、黒斗の地元であるK田Z保町の一画。古書店の多いこの土地こそ、黒斗の生まれた地であり、愛すべき地元なのだ。


 JRから都営線に乗り換え、Z保町駅で下車。そこから地上に出て、歩くことしばし。辿り着いたのは、一件の古書店である。昔ながらの雰囲気をそのままに、今なお続くこの古書店は、実は店主があやかしという変り種。そういうこともあり、客は人間だけでなく、あやかしも訪れると言う、何とも珍妙な古書店だ。もっとも、普通の人間にあやかしの姿は見えないので、何てことのない普通の古書店に見えている訳だが。


 黒斗は、いかにも古い構えの戸を開き、店の中に入って行く。どうやら他に人の客がいないようなので、菜月が店内に入った時点で、勝手に準備中の札を表に掲げて、店の戸を閉めた。


「皐月原君、勝手にそんなことしていいの?」

「大丈夫だよ。ここ、俺の婆ちゃんの店だし、他の客がいたら出来ない話もあるだろ?」


 黒斗からすれば、実家に次ぐ勝手知ったる建物である。いつものようにしたつもりだったが、どうやら菜月にはそれが通用しなかったらしい。


 ともあれ、話を聞くなら今しかないと、黒斗は店の奥にいる祖母に声をかけた。


「婆ちゃん、ただいま」

「おかえり~、黒斗。今日はまた随分可愛らしい子を連れてるじゃないか」

「訳ありのクラスメイトだよ。俺のこと以外は、今回の件について大体話してある」

「そうかい。それは難儀なことだね~」


 祖母が菜月を見詰める。恐らく心中を測っているのだろう。『さとり』とはそういう存在いきものだ。


「えっと……」


 肝心の菜月は状況を理解出来ていないのか、黒斗と、彼の祖母だと言う老婆を交互に見詰めている。


「ああ、ごめんね。私は黒斗の祖母の早苗だよ。この辺りじゃ、あやかし専門の情報屋で通ってる」

「あやかし……専門?」

「何だい、黒斗。話してないのかい?」

「情報は一気に出しても覚え切れないだろ? それに、こうして実物を目にしてもらった方が早い」


 黒斗がそう言うと、突如、店内に無数の光の玉が現れ、それぞれが徐々に形を成して行く。それは、店内にいた客達。菜月には見えていなかった、隠世かくりよの側の住人だ。


 今ここにいるのは、河童に、唐傘小僧、そして、猫又と言った、古き日本のあやかし達。みな、ここのところの騒動を警戒して、この店に情報を仕入れに来たのである。


「河童に、唐傘おばけに、ヒマラヤンの猫又!?」


 この光景には、菜月も驚いた様子。特にヒマラヤンの猫又には興味深々だった。


「何だ、こいつ。随分美味そうな魂を持っているじゃにゃいか」

「食うなよ。事件になるから」


 可愛らしい見た目に反して、食い意地がはっているのが、この猫又の特徴である。もっとも、人間とことを構えるつもりはないようなので、放っておいても問題は起こさないだろうが。


「えっと、もしかして。今、私を食べるかどうかの話をしてた?」

「気にするな。こんな性格だけど、わきまえてるから」

「……ふん。小僧の癖に生意気な口を聞くじゃにゃいか。あまり生意気が過ぎると長生き出来にゃいぞ?」

「余計なお世話だよ」


 黒斗は猫又を追い払うように手を振ってから、祖母にいくつかの質問を投げかける。ここで新たに情報があるか否か。それは黒斗にとって、とても悩ましいことだった。

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