第10話 新たなる被害者/菜月②

 母親の反応はと言えば、最初はピンと来ていない様子だったが、思い当たる節があったのか、徐々にその表情を曇らせる。


「そういえば、香織がよく見ていた気がする。私は難しい機械はさっぱりだからよくわからないけど、最近の流行はやりがどうのって」


 黒斗がここにくる前に言っていたSNSと実際の事件の関係性。理屈まではわからないものの、それがきっかけになると彼が断言した以上、見過ごせる情報ではない。試しに自分でも、そのSNSアカウントを確認しようとスマホを取りだろうとしたのだが、操作の途中で黒斗に止められてしまった。


「やめとけ。お前が直接見始めたら、それこそ何が起こるかわからないぞ?」


 言われて、すぐさまスマホをポケットにしまう。確かに、ちょっと目にしただけで妙な影響を受けたほどだ。まじまじと見入ってしまったら、自分も田原家の娘達と同じ末路を辿るのではないか。


 なまじ怪奇現象に遭遇したばかりなので、黒斗の忠告が骨身に染みる。肝試しに行ったという姉の方も、自分と同じ経験をしたのだろうか。そこまで考えて、菜月は一つの疑問に行き当たる。


「あれ? 私の時って、変な空間に引き込まれちゃっただけで、軍人の幽霊とか出て来てないよ?」


 そう。普通に公園自体のいわくを調べた限りでは、あそこに現れるのは旧S鴨拘置所に収監され、処刑された軍人の霊であるはず。しかし、菜月が遭遇したのは狭間はざまとか言う、あの世とこの世の中間地点。軍人とはまるで関係がないように思える。


「そりゃあ、そうだろう。あの時のお前は、全く別の霊に引き寄せられてたんだから」

「別の霊? それって誰?」

「候補はいくつかいるけど、例のSNSアカウントのせいで、情報が錯綜してる。いきなり人間を狭間に引っ張り込めるような霊なんて、相当力のある怨霊おんりょうの類のはずだけど……」

「田原さんのお姉さんも、その霊にやられたってこと?」

「同じかも知れないし、違うかも知れない」


 要するに、こればかりは黒斗でもわからないということだ。黒斗が例のSNSアカウントを追っているのはわかったものの、その理由も、どこまでの事実が判明しているのかも、全ては黒斗の胸中にしかない。それを話してもらえないと言うことは、まだ自分はそこまで彼の信頼を得られていないのだと、菜月は少し寂しい気持ちになった。


「さっきから幽霊がどうのって話してるけど、娘達の件と関係ある訳? そんな非科学的なもののせいで、娘達が意識不明になってるって言うの?」


 母親の言い分はわからないでもない。少し前までは、菜月だって幽霊の存在には否定的だったのだ。自身があのような体験をしていなければ、早々信じられるものではないだろう。


「幽霊……いや、今は怪異かいいと呼びましょう。怪異は実在しますよ。普通に生きているだけなら滅多に出会うことなんてありませんけど、稀にあるんですよ。このSNSアカウントみたいな、あちら側への入り口が……」


 ここで黒斗が妙な動きを見せる。ヘッドホンの片側を耳からわずかに浮かせたのだ。


「何を訳のわからないことを――」

「奥さん。あなた、旦那さんに隠し事をしていますよね。それも、露見すれば家庭が崩壊しかねないほどの隠し事を」


 瞬間、母親の顔が青ざめる。恐らく黒斗の発言が的中していたのだ。その内容が何であれ、それがわかると言うことは、やはり黒斗には、何か不思議な力があると考えるのが妥当だろう。


「別に、ここで秘密をあばこうって訳じゃないですよ? ただ、奥さんは知らないんです。世の中には、科学じゃ測れないことが沢山あるってことを」


 言い終えると、黒斗はヘッドホンを元に戻し、出されたお茶を一気に飲み干して、席を立った。


「お茶、ごちそうさまでした」


 そしてイスの横に置いていた鞄を手に取り、そのままその場を去ろうとする。


「ああ。娘さん達の件は、俺が何とかするので、奥さんは今まで通りお過ごしください。くれぐれも、余計な気を回して、霊感詐欺なんかに引っかからないでくださいね」


 振り返らずにそう言った黒斗は、リビングの戸を開き、部屋を出て行ってしまった。ただの高校生のはずのその背中には、不思議と希望の灯火ともしびが見える。


 菜月は、慌てて彼のあとを追いながら、これから先の未知なる恐怖に、足を踏み入れる覚悟を決めたのだった。

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