第6話 深まる謎/菜月②

 そんなこんなで翌日。とりあえず何もわからなかったと言う事実を、朝一で例のメガネ女子――田原に伝えようと彼女の席に目を向けたのだが、そこはもぬけのから。回りのクラスメイトに確認してみると、彼女はまだ登校して来ていないと言う。


 始業開始の鐘が鳴っても、彼女が登校してくることはなかった。昨日の様子では具合が悪そうには見えなかったが、今日になって体調不良にでもなったのだろうか。念のためにと休み時間に彼女宛のメッセージをスマホで送ったのだが、昼になっても既読すら付かない。


「連絡なし……か」


 放課後になっても返信どころか既読すら付かないとなれば、流石に心配になってくるというもの。何かアクションを起こしたい菜月だが、生憎あいにくと彼女の家の場所までは聞いていない。同じ中学出身で仲が良かったという同級生を当っても、連絡が付かないという結果は同様。


 昨日の調査で何もわからなかったとは言え、何もなかった訳ではない。もし同じようなことが彼女の姉に起こったのだとしたら。そして、その影響が妹である彼女にも出て来たのだとしたら。そんなことばかりが脳裏にこびりつき、いても立ってもいられなくなる。


 そういう訳で、田原の住所を友人から聞きだし、菜月は彼女の家に行ってみることにした。


 電車に乗り込み、待つこと数駅。田原宅の最寄り駅で降り立ち、徒歩で目的地を目指す。すると、道の途中で思わぬ後姿に出くわした。昨日見たばかりだから間違いない。皐月原黒斗その人である。


「皐月原君? こんなところで何してるの?」


 知り合いだからとつい声をかけてしまったが、当の彼は大きくため息をつくだけで、こちらの顔を見ようともしない。


「藍川。俺、言ったよな? この件には首を突っ込むなって」


 多少の文言の違いはあれど、確かにそのようなことを言われた気がする。が、今回の田原宅の訪問は、事件の調査と言うよりお見舞いに近い。それに関して文句を言われる筋合いはないはずだ。


「違うよ。私はただ――」

「見舞いだろうが何だろうが同じことだ。回れ右して、今すぐ帰れ。今すぐに、だ」


 また違和感。彼はどうして、こちらがこの場所にいるのがお見舞いのためだとわかったのか。そもそも何故彼はここにいるのか。そして、どうして執拗しつように、田原との接触を妨害しようとするのか。


 謎が謎を呼び、また頭が混乱してくる。それでも、彼の言葉の端々からは、優しさが滲んでいるように感じるのだから、無碍むげにするのもどうかと思う訳で。


「皐月原君は、さ。何にそんなにおびえてるの?」


 彼が黙る。何となく口にした言葉だったが、存外ぞんがいまとていたのかも知れない。しかし、表情からは、彼が何を考えているのかは読み取れなかった。これでも人の感情に機微きびに敏感であると自負している菜月だが、彼の心の壁はなかなかに分厚いらしい。


「言ってくれないとわからないよ。どうして私にあれこれ言うのか。ちゃんと理由を教えてよ」


 言葉を選んでいるのか、充分にを置いてから、彼が答えた。


「……人にはそれぞれ役割がある。お前にはお前の。俺には俺の」

「今回のことは、皐月原君の役割ってこと?」

「そうだ」

「どうして?」


 そこで会話が途絶える。どうやらこの先は、彼のに触れるらしい。


 そうなると困った。友人の安否確認は重要だが、それを確認しようとすると、他の誰かに迷惑をかけることになってしまう。友人のためにと、彼の心情を切り捨てられる訳もない。これでは身動きが取れないではないか。


 田原宅まであと少し。それなのに、今はその距離が、果てしなく遠くに感じた菜月であった。

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