第7話 明かしたくないこと/黒斗①

 やりにくい相手だ。苦手意識と呼んでもいい。


 大した思考をしていないくせに、ふとした瞬間、感覚で正解を言い当ててくる。相手が論理的な思考をするタイプであれば、心を読むことで会話の主導権を握ることが可能だが、直感的に言葉を口にするタイプには、それが通じない。要するに『さとり』の能力と相性が悪いのだ。


 少なくとも、藍川菜月をこれ以上あやかしの世界へと向わせることはよくないと、黒斗は考えている。彼女は魂の力が他の人間よりも強い。時代が時代ならば神の声を聞く巫女か、凶暴なあやかしへの生贄として扱われていただろう。


 そんな菜月があやかしに関わることは、百害あって一利なし。出来れば、あやかしとは無縁の場所で、平和に暮らしていて欲しい。もちろん、無害で人懐っこいあやかしもこの世には多くいるが、何がきっかけで危険なあやかしと遭遇するかわからない以上、危険の芽は早めに摘んでおくのがいいだろう。


 あとは、どうやって彼女からの追求をかわしつつ、彼女を説得するかだが。


「藍川は、今回の件。何が原因だと思う?」


 まずは現状での菜月の考えを探る。まさか考えなしに首を突っ込んでいると言うことはないだろう。


「こっちの質問には答えてくれないんだ……」

「今回の件とは関係ないからな」


 もちろん嘘だが、それを悟らせるようなヘマはしない。


 菜月はこちらの言葉を信じたのか、追及をやめ、あごに手を当てた。


「う~ん。心霊スポットに行ったのが体調不良の理由なら、幽霊が原因? 呪いとかたたりとか。でも、あの公園には他の人も沢山いたし、全員が全員、体調不良になってる訳じゃないよね。なってたらニュースになってるだろうし」


 やはりいい線を突いて来る。情報がないなりに考えた結果なのか、それとも情報がないからそれしか連想出来なかったのか。いずれにせよ、黒斗が持っている現時点での答えには沿っている。


「ちなみに、呪いと祟りの違いはわかるか?」

「え? 改めて聞かれると自信ないな。呪いは特定の人に対するもので、祟りは無差別……とか?」


 やはりこういったことに対する知識がある訳ではないらしい。もっとも、普通に生きていれば、呪いと祟りの違いなど考える必要はないのだが。


「似ている部分も多いから、確かに説明を求められると困るかもな。簡単に言えば、呪いは人為的な悪意から来る行為。祟りは神罰的な災いを指す。呪いは極端な話、被害者に非がなくても起こるけど、祟りは被害者側に非があるのが一般的だ」

「随分詳しいんだね?」

「小さい頃から婆ちゃんにいろいろ聞かされたからな」


 これは事実である。嘘をつく時は真実を少し混ぜてやると、一層わかりにくくなるものなのだ。


「……そういう話をするってことは、今回の件には呪いか祟りが関係してるってこと?」

「そうだと言ったら、お前はこの件から手を引くか?」


 多少踏み込んだ話にはなっているが、一番話したくない部分には触れていないので、良しとする。この質問への返答の内容如何いかんでは、菜月に対して何らかの措置を行う必要が出てくるので、黒斗は注意深く彼女の心の声に耳を傾けた。


「引かないよ。田原さんは友達だもん。友達が困ってたら、力になってあげたいじゃん?」


 何の躊躇もなく、真っ直ぐな瞳で答える菜月。心の声も、寸分違わぬタイミングで、同じ答えを出している。人間、裏表がないのは美徳と言えるが、損をすることも多かろう。それでも彼女は出会って間もないクラスメイトのために、一歩を踏み出そうというのだ。


「……それで痛い目に遭ってたら世話ないけどな」


 黒斗にはわかる。菜月は過去に、その性格のせいで痛い目に遭った経験があると。それでもなお、誰かのためにと迷わずに一歩を踏み出せる彼女は、よほどのお人好しと見える。基本的に人を疑ってかかる黒斗とは、やはり正反対と言えた。

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