第5話 深まる謎/菜月①

「そんなことを知っている君は何者?」


 ふと、そんな思考が頭を過ぎった。先ほどの一件からまだ本調子に戻っていない思考能力で、やっとのこと搾り出した疑問がそれだったのである。


「そんなことより、お前はこんなところで何をやってるんだ? まだ会って日もないクラスメイトのために、命までかけることはないだろ?」


 命がけ。その言葉で、先程までの光景がフラッシュバックした。あかく染まった空。消えた人々。凍えるような冷たい風。どう考えても、ただ事ではない。何か立ち入ってはいけない場所に、足を踏み入れてしまったかのような、そんな感覚。彼が助け出してくれなければ、あるいはあの場で命を落していたのだろうか。


「ええと……」


 何か言い返さなくては。そう思うが、混乱した思考のままでは、言葉が上手くまとまらない。何かもっと、この場で聞きたいことが山ほどあるはずなのに。


「それとも何か? 医者でも解決出来ないことを自分が解決出来ると、そう思ったのか?」


 違和感。しかし、その正体が掴めない。


「余計なことを安受け合いして、解決出来ないばかりか、自分が危険に晒されてたら世話ないだろ」


 矢継やつばやにまくし立てられて、思考が更に撹拌かくはんされる。何か重要なことを確認しようとしていたはずなのに、それが何だったのかすら、遠い昔の記憶のようになってしまった。


 こうも強気で言い切られてしまえば、それが正しいのだと思い込まされるから不思議である。彼が何を言っているのか、詳細を掴めるほど思考ははっきりしていないものの、この場で何かを言い返す気力は、菜月には残らなかったのである。


「少なくとも、お前はこの件に関わるべきじゃない。こっち側に首を突っ込むな」


 そう言って、黒斗はその場を去ってしまった。残された菜月は、しばらく呆けた後、落ち込んだ気分のまま家に帰ろうと一歩を踏み出そうとする。しかし、一人になったことで思考が落ち着いて来たのか、ようやく彼の言葉に中の疑問点に行き着いた。


 何故、彼は自分と田原の会話の内容を知っていたのか。


 何故、彼は自分がこの公園に来ることを知っていたのか。


 何故、彼はこの公園が危険であることを知っていたのか。


 何故、彼は自分を危機から救うことが出来たのか。


 何故、彼は自分をこの件から遠ざけようとするのか。


 そして、それらの謎は一つの謎に集約することが出来る。すなわち。


 、ということである。


 とりあえず目前の危険は去った。しかし、問題が解決された訳ではない。どういう条件で自分が先ほどのような危機的状況の陥ったのかは不明だが、同じ条件が揃えば、他の誰かもあのような事態に遭遇する可能性があるということ。危険の芽がそこにあるとわかっていて、みすみすそれを見過ごすことは、菜月の性分しょうぶんではない。


 であれば、どうするか。問題の女生徒――田原から、姉の肝試しに関する情報を出来るだけ細かく聞きだし、情報を整理して、それを元に事件解決の糸口を探すしかあるまい。


 流石に今日のところは田原も帰宅してしまっているだろうし、話を聞き出すのは明日以降に回すしかないだろう。こんなことをしていると知られたら、また黒斗にどやされるかも知れないが、解決出来る悩みは早めに解決しておくのが、菜月の長所でもあるのだ。話だけ聞いて、気持ちに共感してあげて、はいおしまい。では菜月の気が治まらないのである。


「よし。そうと決まれば、明日は朝一で田原さんに話を聞こう。皐月原君も何か調べてることがあるっぽいし、お互いに協力出来れば、きっと何とかなるはず!」


 無駄に前向きな菜月は、そう結論付けて、一度帰宅することにした。帰りがけに、朝一で話をする場を設けたいという旨のメッセージを、田原のスマホに送って。その一晩が、事態を悪い方へと一気に近づけることなど、知るよしもないまま。

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