第4話 危なっかしいクラスメイト/黒斗②

 公園に辿り着いた黒斗は、早速菜月の姿を探す。ここまで走って来ただけでも、すでに息もえの状態だが、あまりのんびりしていては菜月の身に危害が及んでしまうかも知れない。


 あやかしとしての感覚を頼りに、公園の奥へと足を進めれば、そこにはここが処刑場であった頃の名残である慰霊碑がっている。一見、菜月の姿はそこにはないが、黒斗には彼女の心の声が確かに聞こえた。どうやら現世うつしよ隠世かくりよの間にある狭間はざまに入り込んでしまったらしい。


 普通の人間は、隠世に続く空間の合間を渡ることは出来ないし、そもそも見つけることも叶わない。稀に自力で隙間を作ってしまうような力のある人間もいるが、少なくとも菜月はそうではないので、ここは最近この公園に居座っている怪異に取り込まれそうになっていると見るのがよかろう。


「一発で核心を突く辺りは、根の勘のよさなのか、それともよっぽど不幸に縁があるのか」


 呼吸を整えつつ、心の声を頼りに黒斗は菜月の立ち位置に辺りを付け、その真後ろに立った。ここまで来ると、心の声もよく聞こえるので、菜月が何を考えているのかが手に取るようにわかる。


『まさか、本当に幽霊の仕業?』


 心の声と現実の声が重なって聞こえた。「このままではまずい」と、黒斗は咄嗟に手を伸ばす。


「探すな」


 『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』とはよく言ったもので、これはあやかしにも適応されるのだが、菜月は今、狭間を作った張本人を探そうとしているらしい。そうなると、当然、狭間を作った張本人からも、菜月が目に付く訳で。


「黙って俺の声にだけ集中しろ。今、そこから引っ張り出してやる」


 そのまま元凶を探り続ければ、菜月は引き返せなくなる。空間を跨ぐのには、相当の体力と霊力が必要になるが、身体の一部、例えば腕一本くらいなら、今の自分でも何とかなるはず。そう思い、黒斗は空間の裂け目に右手を突っ込んだ。


 その先にいるであろう菜月の姿を必死に思い浮かべ、そして掴む。


「……見つけた」


 こちらから見えない場所にいる彼女の、たぶんうしろえり辺りを無造作に掴んで、黒斗はそのまま自分の方へと引っ張った。


 ボフッと、胸板に栗色の長い髪の少女がぶつかってくる。急にうしろから引っ張られたからか、驚いた様子の彼女は、すぐさまこちらに振り向いた。


「……皐月原君?」


 顔を露わにし、こちらを見上げる彼女は、間違いなく藍川菜月その人である。しかし、何が起こったのかわからない様子で混乱しつつ、黒斗の容姿に心の中で注釈をつけるなどしていた。


ほうけてる場合か。俺が来てなかったら、お前、最悪死んでたぞ」

「えっと、どういうこと?」

「三途の川に片足突っ込んでたってことだよ」


 そんな彼女に黒斗はあきれつつ、彼女の様子を窺う。身長なりの発育と言うべきか、それともこれから成長する余地があるのか。それはわからないが、パッと見た感じ、彼女の身体にはこれと言って怪我は見受けられなかった。余計な怪異を連れて来た様子もない。これならば、とりあえず問題はないだろう。


 黒斗は大きくため息を吐く。それが気に食わなかったのか、菜月の心がざわつくのを感じたが、彼女は意外にも文句を口にはしなかった。代わりに彼女の口からこぼれたのは、こんな言葉だ。


「さっきの空間は何? 一体何が起きたの?」


 非常に的確な質問。あんなことがあったばかりなのに、意外と真っ直ぐに核心を突いて来るではないか。黒斗は少し感心しつつ、彼女の問いに答える。


「あれは『この世』と『あの世』の間にある、『狭間』って呼ばれている場所だ。お前があれ以上、あの場所を作った張本人に意識を向けてたら、逆探知で絡め取られて、そのままあの世行きだっただろうな」


 黒斗が簡潔にそう伝えると、菜月は身震いを一つしてから、こう口を開いた。


「そんなことを知っている君は何者?」


 なるほど。一見考えなしだが、馬鹿ではない。これはあれだ。少ない情報から無意識に正解を引き当てる、いわゆる人間。黒斗とは正反対の、黒斗が最も苦手としているタイプの人間である。


「そんなことより、お前はこんなところで何をやってるんだ? まだ会って日もないクラスメイトのために、命までかけることはないだろ?」


 黒斗は質問には答えず、あえて、話題をらした。菜月はまだ冷静になりきっていない。であれば、こちらから質問攻めにしてやれば、自分のことについてはけむけるはず。そう考えたのだ。


 この時の黒斗はまだ知らない。この一件以降、彼女とともに、あやかし関連の事件をいくつも解決している羽目になるということを。そして、謎解きの担当が、もっぱら自分になるということを。

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