第3話 危なっかしいクラスメイト/黒斗①

 彼、皐月原さつきばら黒斗くろとはあやかしの末裔である。と聞けば薄々答えに行き着く人もいようが、彼の祖先は『さとり』と呼ばれる、人の心を読むあやかしだ。祖先は大きな猿のような姿だったらしいが、今の彼は普通の人間にしか見えない。何故そうなったのかは、彼自身も知らないと言う。


 黒斗は少しだけヘッドホンを耳から浮かせ、クラスメイト達の心の声に耳を澄ませる。人間の思考と言うものは雑多過ぎて、そのまま聞き続けるには向いていない。それでも、黒斗がそうしたのには、ある理由があった。


 クラスメイトの中でも、一際心の声が大きな少女。彼女の名は藍川菜月。身長は同年代の女子の中でも小柄な150センチほど。肩甲骨にかかるほどの、つややかなストレートの栗色の髪が特徴的だ。頭頂部の髪色だけ黒かったりということもないので、どうやら栗色の髪は地毛らしい。


 きれいに整えられた前髪から覗く小顔は、ともすれば同性から疎まれそうなほどに整っている。それでも、彼女が周囲から浮いていないのは、ひとえに彼女の対人会話能力が極めて高いことに起因しているのだろう。


 そんな彼女の心の声は、特殊な術式により心の声をシャットアウトする特注のヘッドホンを貫通するほどだ。それはつまり、それだけ藍川菜月という人物の心が真っ直ぐで、裏表がないということの表れ。その人柄故か、この日も、彼女はクラスメイトから、何かしらの相談を受けているようだ。


「……まったく。お人好しにもほどがあるだろ」


 入学してから数日で、菜月は既に5、6件の相談を受けている。もちろんその全ての内容を、黒斗が把握している訳ではないが、この日の相談の内容だけは、聞き逃す訳には行かなかった。


「……東アイ袋中央公園か。また面倒な相談受けやがって」


 人間関係の構築があまり得意ではない黒斗だが、ことあやかし関係であれば、その限りではない。下町育ちの黒斗には、あやかしの知り合いが多く、危険なあやかしが出ると、その情報はすぐに彼の耳に届くのだ。


 そして、ちょうどここ近年で話題に挙がって来たのが、東I袋中央公園に出没する、とある怪異の噂。これは人間が安易に足を踏み入れていいところではない。もちろん、何も知らない人間にまで被害は出ないだろうが、そこを心霊スポットとして訪れようものなら、たちまち大魔境へと変貌を遂げる。それをまさに行おうとしているのが、藍川菜月その人なのだ。


 基本的に人とあやかしを結びつけるような真似はしない黒斗だが、そうと知らずに危険に首を突っ込もうとしている人間を見過ごせるほど、彼は冷酷でも薄情でもない。


田原たはらさん。ちょっといい?」


 菜月が去ったあと、黒斗は菜月に相談を持ちかけたメガネの少女に声をかける。


「あ、ええと。皐月原君、でしたっけ? どうかしました?」

「さっきの心霊スポットの話。他に誰かに話した?」

「あれ? 皐月原君にまで聞こえてました? そんなに大きい声で話してなかったと思うんですけど……」


 それはそうだろう。黒斗が『さとり』の末裔でなければ、先ほどの会話が聞こえていた訳はない。しかし、そこは言い訳のしようはいくらでもある。黒斗はいつもの要領で、メガネの少女に説明をした。


「いやいや。俺、心霊スポットに目がなくてさ。その手のワードが聞こえると、つい聞き耳立てちゃうんだ」


 もちろん嘘である。実際の声が聞こえていた訳ではないし、ともすれば本物の悪霊に出くわすかも知れない心霊スポットになど、行きたいとも思わない。それでも、そういうことにしておいた方が都合がいいので、そのまま押し通すことにした。


「で、他の誰かに話した?」

「いいえ。藍川さん以外には、今のところ誰にも話してないですよ? それがどうかしました?」

「いや、だったらいいんだ。教えてくれてありがとう」


 必要な情報さえ聞き出せれば、彼女に用はない。黒斗は自身も東I袋中央公園に向おうと、その場を去ろうとした。が、ふと気になって、質問を一つ増やすことにする。


「ちなみに田原さん、さ。『令和のあやかし流行語』ってSNSアカウント名に見覚えは?」

「あ、それなら聞いたことありますよ? 私は直接見たことはないですけど、前にお姉ちゃんが話してました」

「……そっか。わかった。お姉さん、早くよくなるといいね」


 何か言いたそうなメガネの少女をそのままに、黒斗は教室を後にした。今の黒斗の目的はただ一つ。藍川菜月が何らかの被害をこうむる前に、彼女をこの事件から手を引かせることである。


 多少出遅れてしまったが、向こうが徒歩なら、走ればまだ間に合うだろう。とりわけ体力のない黒斗が、くだんの公園まで、走り続けられればの話だが。

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