第2話 気になるクラスメイト/菜月②

 そういう訳で、一人、くだんの公園までやって来た菜月。あくまで様子見なので、時間は放課後だ。


 そして、そのくだんの公園と言うのが、東アイ袋中央公園。ネットで拾った情報によれば、S鴨拘置所の跡地に建てられたこの公園は、心霊スポットとして有名である。何人もの軍人を絞首刑にした処刑場のあった辺りには慰霊碑があり、深夜になると人魂や軍服を来た男性の幽霊が現れるのだとか。


 とは言え、訪れたのは夕方。見渡してみれば、まだ公園を訪れている人が多く、心霊スポットと言われても、あまり実感が湧かない。どこからどう見てもごく普通の公園である。


「処刑場跡地ね~」


 一応慰霊碑まで行ってはみたが、特別何かを感じるかと言われれば答えはノー。菜月にとっては、この場所が拘置所であったのは両親が生まれるより前のこと。イメージが湧かなくても当然のことだ。


 これは調べるだけ無駄か。そう思い始めた頃。嫌に冷たい風が、唐突に頬を撫でる。春とは言え、流石に夕方になって冷えてきたかと思いながら振り返ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。


 つい先程まで多くの人で賑わっていた園内から、一切の人の姿が消え、空はあかく色づいている。夕暮れの赤ではない。まるで血を連想させるような、そんなあかだ。


「……え、何これ?」


 見たことのない空の色。突然消えた人々の姿。そして、季節に似合わない冷たい風。それがただ事でないことは、すぐにわかった。しかし、どうすればこの状況から脱することが出来るのかがわからない。


 とりあえず移動するべきか。「あるいは公園から出れば」などとも考えたものの、足がすくんで一歩が踏み出せないでいる。この場に居座るのはよろしくないが、かと言って自力での脱出は難しい。このままでいたら、自分はどうなってしまうのだろうと、菜月の不安はどんどんと膨れ上がっていった。


 それでも、「いいや」と、菜月は首を横に振る。こんな時こそ冷静にならねば。菜月は思考を巡らせた。


 そもそも、この現象はいったい何なのか。自分以外に人がいない点を考えれば、可能性として高いのは幻覚のたぐいだろう。しかしこれが仮に幻覚だったとして、原因に心当たりがない。何せ、菜月がいたのは普通の公園。他に人も沢山いて、それらしいきっかけはなかったはず。


「まさか、本当に幽霊の仕業?」


 菜月は慌てて周りを見渡した。もしこれが幽霊の仕業なら、その張本人が傍にいるかも知れないと思ったからである。


「探すな」


 突然、声が聞こえた。どこか聞き覚えのあるその声は、同年代の男子くらいのものである。しかし、いくら見渡して見ても、声のぬしの姿は見えない。


「黙って俺の声にだけ集中しろ。今、そこから引っ張り出してやる」


 「引っ張り出すとはどういうことだ?」と首を傾げつつ、それでもこの奇妙な空間にいるのは心地が悪いので、素直に彼の指示に従うことにする。しかし、声に集中したからどうなると言うのか。こちらから彼が見えないのだから、彼からもこちらが見えていないはず。


「……見つけた」


 と、急に何者かにうしろから襟元を掴まれ、そのまま後方に引っ張られた。菜月はバランスを崩し、そのまま転ぶことを想定して、咄嗟に目をつぶる。


 ボフッと、背中が誰かにぶつかり、転倒することなく済んだ。すぐさま振り返って、ぶつかった相手の正体を確認する。


「……皐月原君?」


 そこにいたのは、紛れもなく、クラスメイトの皐月原黒斗その人だった。


 菜月を見下ろす彼の身長は、170センチを少し越えたくらいだろう。服の上からでもわかるほど身体の線が細く、お世辞にも運動が得意そうには見えない。目元にややかかるくらいの長い前髪から覗く顔は端整だが、覇気がないというか、存在感が薄いため、クラスの女子からの人気にんきはほぼないと言える。


ほうけてる場合か。俺が来てなかったら、お前、最悪死んでたぞ」

「えっと、どういうこと?」

「三途の川に片足突っ込んでたってことだよ」


 あきれ顔の黒斗は、菜月の顔から身体までをじっくりと見回す。意図はわからないが、妙に気恥ずかしい気持ちになるのは、決して不自然なことではないはずだ。


「よし。妙なもんも連れて来てないな」


 黒斗はそう言って、これ見よがしに大きくため息をいて見せる。他人ひとの顔を見ながらため息を吐くなど失礼もはなただしいが、口ぶりから察するに、これでも一応は心配してくれている様子。ここは不満をグッと飲み込んで、肝心なことを確認しよう。


 菜月は、今起こった現象について尋ねるべく、小さく口を開いた。

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