第32話 よだかの星

 “腐肉塊ブロブ


 腐った肉の塊だから――ではなく、腐肉を栄養素に活動する生態から、そのように呼ばれているらしい。

 類似の魔物に迷宮の掃除人 “バブリースライム” がいるが、生命力の強さは桁違いとされているそうだ。

 ヒーリング+10という驚異的な回復力を持ち、炎、氷、致死などあらゆる属性の魔法に高い抵抗を示す。

 しかも “僭称者役立たず” の周囲で召喚者を蠢き護るこの一群は、あるじ自らが品種改良をしたらしく、攻撃を加えれば加えるほど活性化する。

 なぜなら――。


《まるで怨念の塊です。これだけの苦しみを集めるのに、いったいどれだけの人々をにえにしたのですか》


“さあて、幾千か、幾万か。いちいち覚えておらぬわ”


 怒りも露わに訊ねるエバさんを、“僭称者” が嘲る。


“得意の解呪ディスペルで解き放つことはできのぬぞ。こやつらはまだいるからな”


 ギチッ!


 離れたマイクが拾うほど強く、エバさんの奥歯が鳴った。


“――さあ、剣も槍も戦棍メイスも、呪文も加護も、炎も氷も、死さえも届かぬ、この醜く憐れな者どもをいかに救う、聖女ライスライト!”


 しかしエバさんは動かない。

 いや、動けない。

 “僭称者” の周りで蠢く “腐肉塊” は鉄壁の盾であるばかりか、 近づく者を容赦なく貫く矛でもある。

 不用意に接近すれば、機関銃で撃たれるように殲滅されるのは判る。


“いかがなされますか?”


 “真祖” がエバさんの意向を訊ねる。

 主人を重んじるようでもあり、主として相応しい才幹を求めるようでもあった。


《わたしは以前、これとよく似た強い回復力を持つ魔物と遭遇した経験があります。策はあります――葡萄酒ワインを短期間で醸造する方法を知っていますか?》


◆◇◆


『“妖獣THE THING” のような、強力な回復力を持つ魔物への対応策ですか?』


『そうだ。奴らは駆除したが、似たようなのと出くわさないとも限らねえからな』


『確かに――それで具体的はどんな “悪巧み” を思いついたのです?』


『“龍の文鎮岩山の迷宮” でおめえ女子どもに没収されたがあったろ。あれはどうやって造った?』


『…………え?』


◆◇◆


《――という次第です》


深甚しんじんなり、灰の暗黒卿アッシュ・ザ・レイバーロード


《“腐肉塊” の数は前後左右を護る四匹。ですがあの回復力では、かえってしまうかもしれません。カタストロフを誘発するが欲しいです》


“それはわたしが用意いたしましょう”


 エバさんと“真祖” が囁き合っているが、マイクが拾いきれずに断片的な内容しか聞き取れない。


“なにをグズグズしている? 来ぬのならこちらから行くぞ――それ!”


 キュピンンンッッッ!!!


 “僭称者” が愉悦の表情のままに命じるや周囲の “腐肉塊” が無数の穂先と化して、エバさんたちに襲いかかった!


《ふたりを安全な場所へ!》


 ローリング回避しながら、エバさんが叫ぶ!

 エバさんが、“真祖” が、そしてレンゲとケイコが、たった今立っていた場所に、次々と突き刺さる “腐肉塊” の槍!

 石畳を穿ち、直下の分厚い岩盤まで刺し貫く “腐肉塊” !


「レンゲッ!!? レンゲは!!?」


 レンゲは――無事だった!

 ケイコと一緒に “真祖” に抱かれて、はるか宙を舞っていた。


《あ、ありがとう……ございます》


《こ、こりゃどうも……》


“礼には及ばぬ。だがこれ以上は、我が主の足手まといとなる”


 どこかポ~と夢見心地なレンゲとケイコに、飛翔する “真祖” が告げる。

 カメラが捉えるエバさんの姿がどんどん小さくなっていき、指の先よりも小さくなったところで “真祖” は着地した。


“ここまで生き残ってきたおまえたちだ。逃げろとも逃げるなとも言わぬ。最後まで見届ける気概があるなら、この結界から出るな”


 そういうと “真祖” がレンゲたちの周囲に半透明・半球形の障壁を張った。

 それから再び主の元に戻るべく、ふたりに背を向けた。


《ま、まって、耽美たんびさん!》


 ハッと我に返ったケイコが、飛翔しかけた “真祖” を呼び止める。


“それはわたしのことか?”


《ご、ごめん。さすがにドラキュラさんとは呼びにくいから……これ持ってって》


 ケイコが恥ずかしげに謝りながら、何かを差し出す。


《もうこのふたつしか残ってないんだ――あんたの言うとおり今のあたしたちじゃ、あの化け物には歯が立たない。エバの足手まといになるだけ。だから持ってって》


 “真祖” はケイコが差し出した品をわずかの間、まじまじと見つめた。

 それから紅玉よりも深い真紅の瞳を彼女に向けた。


“娘、名は?”


《ケ、ケイコ》


“ケイコ、その名を覚えておこう。おまえはまさしく此度こたびジョーカー切り札だ”


《……へっ?》


 ケイコが頓狂とんきょうな声を上げたときには、群青の衣装に身を包んだ美丈夫は、はるか彼方に飛び去っていた。

 もうカメラは遠く、マイクも彼らの声を拾うことはできない……。


◆◇◆


“どうした、エバ・ライスライト! 大魔女の義妹よ! 逃げ回ってばかりでは姉の名が泣くぞ!”


「魔術師として彼女の足下にも及ばぬあなたが何を言うのです! その醜い増上慢、矯正してあげます!」


“及ばぬかどうか、矯正できるかどうか、身を以て試してみるがよい!”


「もとより!」


我が主マイ・レディ!”


 主の元に戻った “真祖” が猛り狂う “腐肉塊” に向かって、何かを投げつけた。

 ケイコが手渡した “とっておき罠武器” が炸裂し、毒々しい煙を濛々と発生させる。


“ふは、ガス爆弾か! そんな子供だましが、我が “腐肉塊” に通じると思うてか!”


「いえ、これこそ絶妙の起爆剤です!」


 嘲笑する “僭称者” に、エバが斬り返す。

 そして捧げられる女神への力強い祈り。


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ―― “神癒ゴッド・ヒール” !!!」


“―― “神癒” だと!?”


 “僭称者” の掠れ声が戸惑いに裏返ったとき、老醜の魔術師の前面を護る “腐肉塊” に異変が起こった!

 激しくのた打ちながら、倍々に膨らんでいく!


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ―― “神癒” !!!」

「慈母なる女神 “ニルダニス” よ―― “神癒” !!!」

「慈母なる女神 “ニルダニス” よ―― “神癒” !!!」


 続けざまに詠唱される、神速の祝詞しゅくし

 左右と後背の “腐肉塊” も最初の一匹同様、悶え苦しむように膨張する。


「宝箱から回収した “ガス爆弾” は無効化できません。そして状態ステータスポイズン生命力ヒットポイントの多寡に関係のないです。毒ガスを取り込んだ “腐肉塊” の細胞は大きな損傷を負い、持ち前の回復力で傷を癒やそうと努めます。“神癒” がその働きを暴走させたのです」


“……キャンサー……――細胞を癌化させたのか!”


 驚愕する“僭称者” の周囲で憐れな “腐肉塊” たちが、今度こそ爆ぜて溶け去った。


「言ったはずです! あなたなど大魔女の足下にも及ばないと! 彼女の衣鉢いはつを継ぐわたしが遅れを取ると思いましたか! ――公爵!」


 主人の指示に “真祖” が瞬息の動きで応じる。


“光も闇も貴様の生きる世界に非ず! 虚無に帰すがよい一〇〇〇年王国の鬼子よ!” 

 

 真紅の爪が “腐肉塊” の壁を失った “僭称者” に伸びる。

 

 ギンッッッッ!!!


“――だからなんだというのだ、ニルダニスの売女とその犬よ”

 

 不可視の障壁でいとも簡単に爪を弾いた “僭称者” が侮蔑する。


“たかが “腐肉塊” を退けた程度で図に乗るでないわ” 


“あれは “ニルダニスの杖” か”


 “僭称者” の持つ錫杖に、“真祖” の紅の瞳孔が細まる。


「その贋物レプリカです。それでも手にする者に絶対物理防御アンチ・アタック・シェルに匹敵する装甲値アーマークラスを与えて、マスター忍者が放った “蝶飾りのナイフバタフライナイフ” の一撃すら防ぎます」


“女神の造りし神器とはいえ、我に掛かれば再現など造作もないことよ。この錫杖に苦しめられた記憶は新しかろう――さあ聖女よ、“運命の騎士” に頼らずどうさばく! 力・知・信・捷・運、おまえのすべてを見せてみるがよい!”


「どんなに強固な障壁といえど絶対防御でない以上、強度を上回るエネルギーを加えれば打ち破れます。そして力は加えるだけでなく、減じることもできるはず」


 エバの言葉に、“真祖” の口元に不敵な笑みが浮かぶ。


“御意!”


 主人に忠誠を尽くすに足る器量を示された “真祖” が、再び真紅の爪を“僭称者” に向ける。

 矢よりも鋭く伸びた爪が目に見えない障壁に触れた瞬間、凄まじい火花が散った。


 攻撃力、防御力、そして生命力。

 形を変えてもエナジーエナジー

 魔導方程式ではすべてに変換して記述できる、同一の力。

 “不死王” が絶対に近い防御力をする。


“そうきたか! ――だが如何に “不死王ノーライフキング” といえど、神器と同等の我が錫杖の力、どこまで吸いきれる!?”


 果たして喜悦を浮かべる “僭称者” の言うとおりだった。

 流入する膨大な力は “真祖” の身体を内側から、瞬く間に突き崩していく。

 美麗な容貌が苦悶に歪み、白磁ような皮膚がひび割れボロボロと崩れ落ちていく。

 不死属アンデッドの頂点に立つ “不死王” の再生力ですら追いつかない、肉体の崩壊速度。

 

“どうした “真祖” 、苦しそうだぞ!  自慢の不死性はどうした? “なにか言え! 言ってみろ!”


 嘲り、侮り、蔑む、“僭称者”

 それらはすべて “僭称者” 自身が向けられてきた感情でもあった。

 そして誰もの意識から抜け落ちていた、あの男が浴びせられてきた――。

 

“ジョーカーは二枚”


“ギィエェェエエエエェエエエッッッッッーーーーーーーーーー!!!!!!”


 “僭称者” が “真祖” の言葉を理解するよりも速く、マキオが夜鷹の叫声を上げて、“杖” の生み出す障壁に武者振り付いた!

 孤独、苦痛、不安、絶望――悲哀! 悲哀!! 悲哀!!!

 肥大化した自尊心に抑圧されきた真実の感情を爆発させて、マキオが叫ぶ!

 全身全霊をかけて、再生したばかりの身体を崩し去りながら、マキオが吸うドレインする

 人間をやめて、”吸血鬼の王” であることも否定されて、マキオは初めて己を縛り続けてきた自己愛という宿痾しゅくあから解放された!


 ビシッ!!!


 不可視の障壁に走る、不可視の亀裂!

 その亀裂は瞬く間に拡がり、マキオの身体にも伝わった!

 砕け散る障壁と、マキオ!


我が主マイ・レディ!”


 ダンッ!!!


 同様に砕けた “真祖” の背後から血煙を目眩ましに、聖女が跳ぶ!  

 振りかぶった魔法の戦棍メイスを、ついに “腐肉塊” と “杖”、ふたつの壁を失った老醜の魔術師に叩きつける!

 宝冠ごと粉砕される、“僭称者” の頭蓋骨!



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ご視聴ありがとうございました

葡萄酒ワインに関するエピソードは、本編のこちらから

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742/episodes/16816700427795730834

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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