第33話 終幕 -未知なるカダスを夢に求めて-

 虚飾の宝冠ごと頭骨を叩き潰され、“僭称者役立たず” の脳髄は完全に破壊された。

 生命活動が停止し、状態ステータスが “デッド” になる。

 凄惨極まる邪悪な魔術師の最期。

 

 その目を覆う光景が、目を疑う光景に変わった。

 無残に陥没していた頭蓋骨がビキビキと音を立てて膨らんだかと思えば、眼窩から飛び出していた眼球がずるずると引き込まれていく。

 口から垂れていた蛞蝓ナメクジのような舌も、粘着質な音を立てて口内に収まっていった。

 まるで時間を巻き戻しているかの如き、理不尽で不条理な、悪夢のような情景。

  “僭称者” がゆるりと顔を上げ、残心の聖女を見た。


“戻ったぞ、黒髪の聖女”


「自身に “腐肉塊ブロブ” の細胞を組み入れましたか」


“もう “ガス爆弾” も “神癒ゴッド・ヒール” も残っていまい。もはやおまえに我を倒す術はない。我の勝ちだ。だが――”


 勝者の余裕を浮べて “僭称者” が続ける。


“聖を願い、魔を使役し、闇すらも従える。さらにはわずかの間に “腐肉塊” の秘密を看破し打ち破った、機知と胆力。我が遊戯ゲームの相手として、まずは合格としてやろう”

 

「遊戯? 合格?」


“然り。かつて狂王と大魔女が興じたように、我らも興じるのだ。世界を盤上とした灰と隣り合わせの遊戯を”


 そして “僭称者” は “転移テレポート” の呪文を詠唱する。


“くくくっ、次は我が迷宮で楽しもうぞ”


 量子の閃光が走り、“僭称者” が掻き消える。

 聖女は決意の籠もった眼差しで、老醜の魔術師がいた空間を見つめた。


「よいでしょう。その遊戯、受けて立ちます」


◆◇◆


《どうやら終わったみたいね》


 最大望遠のカメラの先で七色の光が消えると、ケイコが小さく息を吐いた。

 画面に映っているのは小指の先ほどの、白い人影シルエットだけ。

 それが見る間に大きくなって、画面一杯に拡がる。

 原因である “僭称者” が去り、時空の歪みが解消されたのだ。


《エバ!》《エバさん!》


 空間が正常化して区画ブロックが一〇メートル四方まで縮まると、ケイコとレンゲが喜びを爆発させて駆け寄った。

 喜悦に溢れていたふたりが、立ち止まって息を呑む。

 エバさんは、胸から上だけの姿になった男の傍らに跪いていた。


「……マキオ……」


《……どうして……》


“再生が働かぬ。主に背き魔力の供給を絶たれたのだ”


《……耽美たんびさん……》


 ケイコの背後に、すでに一切の再生を終えた “真祖バンパイアロード” が立つ。


“所詮は贋物コピーの粗悪品に過ぎぬ。制作者が削除デリートを選択すれば、自らの意思で存在することは叶わぬ”


《……今は言わないで。どんな人間でも最期は尊厳を持って見送られるべきよ》


“……”


《マキオさん、わたしはあなたを憐れには思いません。

 あなたは世界を支配できなかった。

 ですが世界もあなたを支配できなかった。

 あの “僭称者” ですら。

 あなたは常に、あなただけの支配者だった。

 その強さに敬意を表します》


 世界中の視聴者リスナーの前で世界最強の探索者から敬礼をされて、マキオの表情が幸せに満ちた。

 未知なる世界を夢に求め続けたマキオは、流れ流れて辿り着いた地の底でついに、あるがままの自分を受け入れてくれる存在と巡り会えたのだ。

 そして幸福感に包まれたまま、サラサラと崩れていった。


《灰は灰に……塵は塵に……どうか安らかにお眠りください》


 黙祷を捧げるエバさんに、誰もがならった。

 ケイコも、レンゲも、わたしも……世界中の視聴者たちも。

 善悪、好悪の念を別に、ひとりの人間の最期を見送った。


《終わったの?》


 やがて立ち上がったエバさんに、ケイコが訊ねた。 


《ええ、終わりました》


《それじゃあとは地上に戻って、レンゲをお姉さんの元に届けるだけね》


《ですが、その前に――》


 微笑むエバさんが表情を改めて、“真祖” に向き直った。


“ご帰還のほど、幸甚こうじんの至り”


 左胸に手を当て慇懃に跪礼きれいする “真祖”


“さあ、次なるご命令オーダーを。

 望むなら、この迷宮のすべての魔物を率いて地上に攻め上りましょう。

 望むなら、この迷宮を閉じて永遠の闇に葬りましょう。

 すべては我が迷宮支配者ダンジョンマスターの御意のままに”


《わたしがあなたに命じるのはふたつです。

 この迷宮を大魔女アンドリーナが創造した姿のままに保つこと。

 迷宮の均衡を破る者に対するサーチ&デストロイ。サーチ&デストロイです》


“御意――して、もうひとつのご命令は?”


《今後、我が良人おっとを “灰の暗黒卿アッシュ・ザ・レイバーロード” と呼ぶことは許しません。これからは “アッシュロード卿ロード・アッシュロード” と呼ぶように。わたしはあの呼び名を好みません》


 “真祖” はキョトンとした顔を上げて、主人を見つめた。

 そして弾けるように笑った。


“すべては貴女マイ・レディの御意のままに”


《“向こうの世界アカシニア” がそうだったように、“こちらの世界テラ・アース” でも迷宮を必要としている人々がいます。人は生きるために迷宮に潜る。そこに救いがあると信じて。わたしもそのような人たちと生きましょう》


 聖女は厳かに、誇り高き “不死王ノーライフキング” に告げた。


《それが今では “均衡の守護者ゲイトキーパー” となって世界を見守る、あなたの真の主アークマスターの遺志でもあるのですから》


 迷宮支配者が不在のあいだ留守を預かる不死者たちの王が、大魔女の志を受け継ぐ聖女に恭しく頭を垂れた。


“我が主、ライスライト・エバ・アッシュロード様に、永久とこしえの忠誠を”



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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