第28話 舌戦

 ザワザワザワザワザワッ!!!


 一〇〇匹を超える “吸血鬼バンパイア” が一斉に、床を、壁を、天井を這いずり回り、レンゲとケイコを取り囲む。


護り御壁よマツ!》


 レンゲと背中合わせになったケイコが、エバの戦棍メイスを手に叫んだ。


“ふん、“神璧グレイト・ウォール” の加護か。だけどいつまでそれで持ちこたえられるかな?”


《さあ――でも追い詰められてるのはどっちかな? この戦棍は無限にこの壁を張ることができるんだから。ぐずぐずしてるとエバが戻ってくるよ。最強の聖女様がね》


 ケイコの言葉に、マキオが額に手を当て “ナンセンス” といった風に顔を振った。


“まったく愚か。愚かの極みだ。君たちだってから迷宮探索者になったのだろう? 今さらそんな奴らに義理立てする必要がどこにある”


《ミエミエなんだよね》


“?”


《子供ってさ、言ってることは超人的でさもさももっともらしいんだけど、大人から見たら辻褄が合わなくて、現実が見えてないのがミエミエなのよ》


“僕が……現実が見えてないというのか?”


 ケイコの舌鋒に、マキオの声が強ばる。


《あんたも含めてあたしらはんじゃない。性質的に、経済的に、いろんな理由でかっただけ。なじめるものならなじんでいた。それが現実リアル。あんたには想像力がないのよ。現実をリアルととらえる想像力が》


“黙れ、自分に都合のいい価値感で他人を排撃するルサンチマンめ! 弱者を虐げて不幸を愉悦するシャーデンフロイテめ!”


 効いた。

 それまで余裕ぶっていたマキオの仮面がひび割れ、粉々に砕け散った。

 そして、ケイコと背中合わせに短剣ショートソードを構えるレンゲもまた、唇を噛んでいた。


(そう……わたしたちもマキオと同じ。世の中への不満と恨みだけで生きている)


《“強い弱い” も人間の性質なの。そして上は――社会は “弱い者” には優しくない。だからあたしたちはここにきた。迷宮はね、なの》


“違う! 迷宮は真に強い者だけが生き残れる場所だ! 俺は弱者じゃない!”


《弱者よ。あたしと同じ上では生きられなかった。強者なら地上で幸せになってる》


“違う! 違う! 違う!”


 鼻の先で笑うケイコに、血ぶくれするほどに顔を歪めるマキオ。


《じゃ、論破してみせてよ。あんたの全身全霊の言葉で、あたしを説き伏せてみい。言葉には言葉で勝つのが強者でしょ》


 人間から“吸血鬼” へと性質が変わっても、性格までは変わらない。

 マキオの性格を利用してケイコが時間を稼ぐ。


“強者とは他人に優しい人間だ! 上の連中は俺に優しくなかった! だから奴らは弱者だ! おまえたちは弱者だ!”


《へえ、それじゃ、そんな弱者なあたしらを虐める、あんたはなんなの? 強者? それとも勇者? 違うわよね。強者や勇者なら、弱い者虐めなんてしない》


“虐めてるのはおまえの方だろう!”


《は? 弱者が強者を虐めるの? それってマンモスにおかしくない?》



『マキオ、涙目』

『こりゃ、勝負にならんな』

『言ってることがムチャクチャ。本人だけわかってない』

『喋れば喋るほどボロが出る典型』

『自分に実体がなくて虚言を塗り重ねてるから、すぐに矛盾する』

『ディベートならケイコの圧勝だろう。でもこれは……』



 そう、最後の視聴者リスナーが危惧するとおり。

 これは討論会なんかじゃない。

 口げんかでもない。

 相手を言い負かせば勝ち、それで終わりなわけじゃない。

 反論できずに追い詰められたマキオがキレて討論から下りてしまえば、ケイコの――レンゲの命は終わってしまう。

 いつくるかわからない助けを、エバ・ライスライトを待つ、チキンレース。

 

《結局、あんた地上に出て何をしたいわけ?》


 マキオがキレてしまわないように、ケイコが話題を変えた。

 話を振ってやれば際限なく喋るのがマキオだ。

 途端に機嫌を良くして話し出す。


“地上の人間をすべて、の仲間にする! そして格差も差別もない、理想の世界を創る!”


「あんたひとりで八〇億の人間を導けるっていうの?」


“僕には可能だ。“ロード” には “吸血鬼” だけでなく、すべての不死属アンデッドを支配する能力がある。僕が争うな、差別するな、というだけで、世界は平和で平等になるのさ”

 

 それから自分の理想の世界について蕩々と語り始めるマキオ。

 聞いている人間の気持ちなどお構いなし。

 ただただ自分が快感を得るためだけの、聞く者に共感性羞恥を溢れさせる誇大妄想の垂れ流し。


『マキオモードに入った!』

『姐さん、ナイス! これでエバさんが来るまで、マキオは勝手に喋り続ける!』

『しかし聞いてるこっちが恥ずかしくて死にたくなる……』

『我慢しろ。これでマキオが自滅するんだ』


 そう、この醜悪極まる演説を我慢すれば、エバが戻ってくる。

 彼女が戻れば、世界最強で最高位の聖職者であるエバ・ライスライトさえ戻れば、不浄な魔物に堕したマキオは終わりだ。

 でもその長広舌を聞き流せない人間がいた。

 我慢できない人間がいた。

 許せない人間がいた。


《――そんな世界偽物よ! あなたと同じね!》


 妹が舌鋒が、マキオに突き刺さる。


《格差だらけの、差別だらけの、冷たく厳しい現実に踏みにじられて、もがく弱者はいる! 世間なんて、社会なんて本当にクソみたいなもの! でもそんな人間に手を差し伸べてくれる人もいるの! 自分を顧みず同じ沼に飛び込んで引き上げようと、

一緒にもがいてくれる人はいるの!》


 レンゲがケイコの前に出て、“吸血鬼の王” と対峙する。


《わたしは知った、そういう人がいることを。そして自分が凄く恥ずかしくなった。だからわたしもそういう人になりたい――マキオ、あなたは逃げてるだけ。逃げて、逃げて、地の底まで逃げてきて、さらに逃げ続けて、ついに人間をやめてしまった》


“うるさい! 俺は逃げてない! 俺は探してたんだ、探し続けてたんだ! 自分の居場所を! 自分が自分でいられる、受け入れてもらえる場所を!”


 マキオに凶相が戻る。


“もうおまえなんかいらない! 俺の世界におまえなんて入れてやらない! ここで八つ裂きにしてやる! 死ね! 死んで永遠に後悔しろ!!!”


 “王” の絶叫で一〇〇匹を超える “吸血鬼” が、一斉にレンゲたちに襲いかかる!


「嫌ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっっっっーーーーーーっっっ!!!!!」


 妹に躍りかかる “吸血鬼” の大群!

 スマホに向かって叫ばれるわたしの絶叫!

 残酷な光景が! 突き付けられる無慈悲な結末が! ……柔らかな光に包まれる。

 温かで、穏やかで、まるでお母さんの胸に抱かれているような優しい光。

 その光に包まれて半数近い “吸血鬼” たちが、サラサラと崩れていく。


 無傷で護られたレンゲとケイコのヘッドカメラがハッと、人の形に盛り上がる暗黒回廊ダークゾーンの出口を撮す。


《灰は灰に……塵は塵に……》


 祈り共に “漆黒の正方形” から現れたのは、純白の僧帽と僧服をまとい、髪と同じ黒い瞳に決戦に向けた強い意思を湛えた、最強の探索者にして最高の聖女。

 引き締められた口元がおごそかに開かれる。


“吸血鬼” は、得意ですレディ、パーフェクトリー


 満を持しての真打ち登場!

 “決着の時” 今こそ来たれり!


《エバ・ライスライト、遅ればせながら――推して参ります!》



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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