第24話 バンパイア・スタンピード

 ひとくくりに不死属アンデッドといっても、三種に大別される。


 死体種。

 霊体種。

 不死人種。 


 死体種は、“腐乱死体ゾンビ” “食屍鬼ロッティング・コープス(グール)” “憑屍鬼ライフスティーラー(ワイト)” などの、生命活動を停止した生物に霊が取り憑く、あるいは呪術の類いを施されて動き出したもの。

 不死属の中では下等な存在とされ、動き回れるとはいっても腐敗し続けているので動作は緩慢であり、意識もない。


 霊体種は、未練や恨みを残して死んだ人間の魂魄が安らぎを得ることなく、現世を彷徨っているもの。

 肉体を持たないので、物理や魔法による攻撃にも耐性が高い。

 反面自由に移動することができず、物、場所、他の生物などに取り憑くことで存在している。

 物や場所に取り憑く低級な “騒霊ポルターガイスト” や “地縛霊” から、強い怨念を持った危険な “怨霊ガスト” まで種類は多く、個体によっては知性や意識を持つ。


 そして、不死人種。

 生命活動を停止していながら、生物。

 呼吸は止まり心臓すら動いていないのに、腐敗せず、老化もしない。

 意識もあり、生きた人間と同様に思考する。

 強大な秘術で自らを不死化した “不死王リッチ” を除けば、存在が確認されている種は “吸血鬼バンパイア” のみ。

 魔術師系第三位階までの呪文を操るほどの高い知能を有し、吸血した人間を新たな同族として繁殖する。

 反面、最高位の不死属として尋常ならざる自尊心を持ち、自分を “吸血鬼” にした相手であっても容易には服従はしない。

 彼らが唯一純粋にして絶対の忠誠を誓うのは、“真祖ロード” と呼ばれる最初に誕生した個体に対してのみである。


 その “不死人種吸血鬼” が、ふたりの盗賊シーフ の少女を追っていた。

 同じ階層フロアに生息する “人間型の生き物ヒューマノイド・タイプ” の魔物を次々に仲間にしながらの追撃は、明らかにこれまでの迷宮の様相とは乖離していた。

 統一された意思の元の暴走スタンピード

 意思は執拗にふたりの少女を、屈服・服従させることを望んでいた。


「ほんと、しつこいわね! 女旱おんなひでりなわけ!?」


転移地点テレポイントを使ってもまけない!」


「伊達に不死属最高位の種族じゃねーな、ゲロゲロ!」


 ケイコが、レンゲが、カエルのゲロボルタが、辟易した口調で次々に罵った。

 駆け出しの魔術師メイジ を上回る知能と疲れ知らずの肉体で、巻いても巻いても痕跡を見つけて追いすがってくる。


「この階層には落し穴ピット回転床ターンテーブルがないの!」


「そ、そう!」


 ケイコの言葉にレンゲは、ほんの微かな慰めを覚えた。

 踏んだ瞬間に床が抜けて串刺しにされたり、回れ右して “吸血鬼” たちの真ん中に突入する心配がなければ、少なくとも息が切れるまで走ることができる。


「逆よ、逆! どっちかでもあれば “まとめて串刺し” か “あっち向いて、ほい!” してやれたのに!」


「……」


「なに!? 吸血鬼と串刺しは “ドワーフと髭” でしょ!?」


 言葉を失うレンゲに、エバ・ライスライトの一番弟子は息を弾ませながら言った。


「ケイコ、そろそろ次の手を打たねーと、やべーぜ、ゲロッ!」


「了解!」


 レンゲを安心させるために軽口を叩いてはいるものの、ケイコも必死だ。

 事前にエバと行なったシミュレーションを賢明に思い出し、“悪巧み” を練った。

 手持ちの品と、周囲の構造と、置かれた状況。

 すべてを勘案して、生き残るための最適解を導き出す。


(あたしが今使える武器は――


 “スタナー” ×1

 “ガス爆弾ボム” ×1

 “聖職者殺しプリーストブラスター” ×2

 “強制転移テレポーター” ×1


 “スタナー” は単体にしか効果がないうえに、おそらく“吸血鬼” には効かない!

 “ガス爆弾” で毒にしたところで、そもそも死なないし、苦しまない!

 不浄なる者だから神々の加護とは一番遠い存在で、“聖職者殺し” も意味がない!

 

 やっぱり “強制転移” しかないか!)


 しかしここで奥の手を使ってしまったら、身を守る術が底を突く。

 ケイコは葛藤し、葛藤すればするだけ精神的にも時間的にも追い詰められていく。


(ああ、やっぱまだまだ未熟だ! エバだったらとっくに一発、逆転のカタルシスを提供してるのに!)


 それでもケイコは考える。

 手持ちの品に頼れないなら、周囲の構造、そして状況との組み合わせだ。

 彼女たちがいま悪夢のように逃げ回っている地下八階の北西区域エリアには、暗黒回廊ダークゾーン五つの十字路が点在している。

 十字路の中心はすべて再出現地点テレアウトポイントになっていて、正確な地図と “示位コーディネイト” の呪文が無ければ、あっという間に迷ってしまう悪辣な構造だ。


(十字路の手前の暗黒回廊ダークゾーンを利用して罠に嵌めるのはもうやったったし――さすがに同じ手は食わないわよね!)

 

 迷宮の真の闇暗黒回廊は一切の光を吸収してしまうばかりか、エルフやドワーフの持つ赤外線を探知する “暗視インフラビジョン” すら無効化してしまう。

 猫と同様、わずかの光で闇を見透せる “吸血鬼” といえど暗黒回廊の中では視力を失うが、奴らは猫よりも蝙蝠に近い。

 超音波を発して暗闇でも正確に物体捉えることが出来る。

 なので最初の “強制転移” は暗黒回廊ではなく、出た直後の十字路に仕掛けた。

 暗黒回廊の中では、却って奴らに警戒されると思ったからだ。


 今度は、暗黒回廊の中に置いた。


◆◇◆


 “吸血鬼” たちも “強制転移” で石の中に跳ばされるのは怖い。

 不死身の肉体を持つが故に、身動き一つ取れない石の中で血を吸えず、ジワジワと飢渇に苦しむのだけはご免だ。

 “吸血鬼” にとって、生き血を啜れない以上の拷問はない。

 日光に灼かれて灰になる方が、苦しみが短い分だけマシとさえ思っている。

 それほど “吸血鬼” の血への渇望は強い。


 だから暗黒回廊の中に転がっているそれを超音波が捉えたとき、“吸血鬼” たちは漏れなく急停止した。

 怖々と “強制転移” の範囲外に出て、罠が発動するのを待つ。

 “強制転移” は一区画ブロック四方にある物体をまとめて、ランダムな空間に転移させる。


 一秒……二秒……一〇秒……二〇秒。


 罠は発動しない。

 不発か?

 “吸血鬼” たちは暗闇でお互いの顔を見た。

 だが近づいた途端に、ボン! と “石の中にいる!” のは嫌だ。

 そして誰かが言った。


“爆破処理しちまえ”


 危険物の一番安全な処理方法だ。

 複数の“吸血鬼” が同時に “焔爆フレイム・ボム” の詠唱を始め、一斉に火の玉を投げつけた。

 暗闇に爆発音だけが轟く。

 が爆散したが、それでもの魔力が解放された気配はない。


 狐につままれたような “吸血鬼” たち。

 高度な知能を持つ彼らが、自分たちには無害な“聖職者殺し” でたっぷりと数分間足止めされたことに気づいたのは、さらに十数秒経ってからだった。


◆◇◆


「あははは! 引っかかった! 引っかかった! これぞケイコ式『空城の計』!」


 背後から迫っていた足音の大群が消え、ケイコは走りながら大笑いした。


「奴らの猜疑心を利用して、無力な “聖職者殺し” を驚異に錯覚させたか、ゲロ! やるな、ケイコ! さすがオイラの一番弟子だ! ゲロゲーロ!」


「あたしがいつあんたの弟子になった――さあ、この転移地点テレポイントを抜けたら、縄梯子のある中央区域に戻れるよ!」


「ああ! ありがとう、ケイコさん!」


 レンゲが感謝の声を上げた直後、視界が拓けた。

 狭い玄室が広い空間に瞬時にして変わった。


「て、天井は――見える! 空間は歪んでない!」


 “翼竜ワイバーン” の恐怖が身に染みているレンゲは、まず天井の高さを確認し、安堵した。

 彼女たちのパーティはここで “翼竜” の群れに襲われ、そして……。


「ちょい待ち! そっちじゃない!」


 縄梯子がある北に向かいかけたレンゲを、ケイコが止めた。


「あたしたちが行くのはこっち」


 ケイコがうながしたのは東だった。


「え、でも――」


「縄梯子でちんたら地上まで戻ってらんないっしょ。こっちの第二昇降機エレベーター で一気に四階まで昇るよ」


「第二昇降機! ケイコさん、使えるの!?」


「イヒヒヒ! ちゃんとエバからキーアイテムパスポートを預かってるんだ!」

 

(わたしの方がレベルは高いけど、この人は抜け目がない!)


 感嘆と賞賛の眼差しで、レンゲは先を走るケイコの背中を見た。


「この先は、暗黒回廊ダークゾーンがうねうね続くから、はぐれないようにAnseilenアンザイレンするよ!」


 転移地点の前で立ち止まると、ケイコは自分とレンゲをロープで繋いだアンザイレンした


「最後の山場。覚悟はいい?」


「はい!」


「慌てず、急いで、慎重に行こう」


 力強くうなづいたレンゲにケイコは微笑み、転移地点に足を踏み入れた。

 それからふたりの盗賊の少女シーブズ・ガールズは言葉どおり細心の注意で、腸のようによじれる長い暗黒回廊を進んだ。

 魔物の気配を感じれば息を殺してやり過ごし、気づかれればケイコが “滅消の指輪ディストラクションリング” で消し去った。

 指輪で消し去れない不死属アンデッドネームドレベル8以上の魔物と遭遇しなかったことに、特に両方である “吸血鬼” に出会わなかった幸運に、ふたりは感謝した。

 そして暗黒回廊を抜けて眼前に昇降機の巨大な扉が現れたとき、ケイコとレンゲは思わず抱き合い、涙ぐんだ。


 涙を拭い、笑顔を見せ合うと、ケイコは扉に向かった。

 昇降機自体は、キーアイテムの“青の綬BLUE RIBBON” が無くても使える。

 四階にある昇降機前の扉を開くのに必要なだけなのだ。


 悪夢は終わっていなかった。

 レンゲが気づき悲鳴を上げるよりも速く、黒い影がケイコに覆い被さった。

 吸血ではなく吸精。

 四レベル分もの生体エナジーが、ケイコから吸い取られる。

 苦しみを与えるために、あえて麻痺パラライズさせなかった残虐性。

 痙攣するケイコを放り捨てると、マキオがレンゲに向き直った。


 床に打ち捨てられながら、ケイコは思った。

 自分はやはり、未熟だと。

 エバ・ライスライトが言っていたではないか。

 

“追われている探索者は地上に逃げ帰ろうとしますから、待ち伏せをするなら上りの縄梯子と考えるのが常道です”

 

 地下八階から逃げるなら、縄梯子よりも昇降機だ。


 さらに、そのエバがいたら思ったはずだ。

 この場所こそ、あの悲運の君主ロードによって、彼女の夫となった保険屋が死の淵にまで追い詰められた場所だ――と。


 宝箱に仕掛けられた“強制転移テレポーター” の罠。

 地下八階の “魔法封じアンチ・マジックの間” に再出現テレアウト

 “吸血鬼” と化す仲間。


 もはや疑いようがなかった。

 すべての符号が一致していた。

 今回の事件はあの悲運の、“アレクサンデル・タグマン” 事件を模しているのだ。


 そして――なればこそエバ・ライスライトは、この場にはいないのだった。

 

 

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ご視聴、ありがとうございました

今回言及された “アレクサンデル・タグマン”事件” についてはこちら、

本編の第二章で語られています

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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