第23話 エバ・ライスライトの一番弟子

“さあ、カメラを回してこっちに追いで。そして君も仲間になりたまえ”


 甘美な声に絡め取られ、レンゲがマキオに吸い寄せられる。

 フラフラと覚束ない足取りで、焦点の亡失した瞳で。

 唯一、命じられたとおりにヘッドカメラだけは装着して。


 シュバッ! シュバッ!


 ゼンバが、ヤンビが、ホーイチが、新たな同胞の誕生を祝って “火弓サラマンデル・ミサイル” の呪文を虚空に放つ。

 曳光弾のような煌めきがレンゲの頭の片隅に、違和感を生じさせた。


(……なんで……戦士ファイターのゼンバとヤンビが……呪文を……? どうして……僧侶プリーストのホーイチが…… “火弓” を……?)


 違和感は戸惑いを招き、戸惑いは逡巡を生んだ。

 レンゲの足が止まる。

 その一瞬だった。


「――目を閉じて!」


 鋭い声がしてレンゲたちの足下に、何かが投げつけられた。

 閃光が網膜を灼き、“吸血鬼” の魅了チャームからレンゲを解き放つ。

 両目を抑えたレンゲの手を誰かが掴み、走り出した。

 レンゲはめしいとなった眼を薄く開き、自分の手を引くをどうにか確かめようとした。

 ぼやけた視界に映る、大きな背嚢を背負った革鎧レザーアーマーの少女。


「あ、あなたは……!」


「どうやら今度は間に合ったみたい。時間が歪んでてラッキー」


 ケイコが走りながら肩越しに、ニヤリと笑った。

 そしてその表情が瞬時に凍り付く。


「ゲッ! あいつら追いかけてきたよ!」


 ハッ! と振り向いたレンゲの目に、纏わり付くを砕きながら猛追してくる、ゼンバたちの姿が映った。


「“魔術師殺しメイジブラスター” でまとめて石にしたったのに!」


「呪文が使えるとは言っても魔術師メイジ じゃなくて、“吸血鬼” だからな! までは石にならなかったみてえだな、ゲロ! 固いのは外側だけっつーいわゆるひとつの、ゆで卵みてえなもんゲロ!」


 真鍮製のカエルが背嚢から顔を出したあと、こちらは陽気に笑いかけた。


「よう、お初! おいらは、カエルのジョン・ゲロボルタ。助けに来てやったぜ! これから地上までフィーバーしようや、ゲロッパ!」


 サムズアップを決めると、揺れる背嚢の中でさらに身体を揺らしながら、後方にCCDカメラを向けるゲロボルタ。


「おおう、すっげえ、すっげえ! ありゃあ、元のお仲間だけじゃねー、ゲロ! 階層フロア中の “人間型の生き物ヒューマノイドタイプ” が吸血鬼化してるぜ、ゲロッパ!」  


 まさしくカエルの言うとおりだった。

 ゼンバたちだけではない。

 “戦士” に “盗賊” に “侍” に “魔術師” に “僧侶” に “司教” に―― “忍者” までもが、蒼白い肌と紅い双眸を迷宮の仄暗闇に浮かび上がらせ迫ってくる。

 すでに二〇体以上いる数が、さらに増えていく。


「これじゃ “吸血鬼” っていうより “腐乱死体ゾンビ” 映画ね!」


「ど、どうするの!? ――そ、そうだ、エバさんは!?」


 レンゲが恐怖におののきながら、この状況を切り抜けられるかもしれない唯一の存在を思い出す。


「あのはちょっと野暮用で外してるの!」


「そんな!」


「“闇王ダークロード” に追いかけられる絶望感に比べればなんぼのもんじゃい! 大丈夫! 冷静でいる限り悪巧みの資源リソースは無限だから! ――暗黒回廊ダークゾーン突っ込むよ!」


 ケイコはレンゲの手を握ったまま、十字路手前の “漆黒の正方形” に走り込んだ。

 視力を回復したレンゲも、ケイコを凌ぐ身ごなしで追随する。

 さらに “吸血鬼” の群れが、身軽な盗賊シーフ の少女たちを上回る脚力で猛追。暗黒回廊に突入した。

 “吸血鬼” ならではの身体能力で誰一人転倒することなく暗黒回廊を抜け、十字路に溢れ出た直後、四〇を超える紅玉色の瞳がを捉えた。

 十字路の真ん真ん中に転がる筒状の物体。

 再びの閃光が “吸血鬼” たちを包み込む。


◆◇◆


『うわっ! また閃光手榴弾スタングレネード!』

『カメラが焼き付く~!』

『今度はなんだ!? なに使った!?』

『カメラ戻った! ――消えてる!? “吸血鬼” 半分消えてる!?』

『どこいった!?』


 カメラの焼き付きが治まり、ブレブレの映像が戻ったとき、追いかけてきていた “吸血鬼” は半減していた。

 走りながら驚くレンゲの顔が、スマホの端に映り込む。


《な、なにをしたの!?》


《おおっと、“強制転移テレポーター” ! “転移” の罠でどっかに跳ばしたったの!》


 カメラの外側で、ケイコの快哉が響く。


《石になっても平気だったが、なら果たしてどうかな、ゲーロゲロゲロ!》


 カエルも呵々大笑して相づちを打つ。


《あ、あなたたちって、いったい何者!?》


《《バイトの迷宮保険員!(ゲロ)》》


『おおっ! ケイコもゲロボルタもカッコイイぞ!』

『やることなすこと、ほんとエバさんに似てきた!』

『うはは! さすがエバさんの一番弟子!』

『“とっておき” は!? 罠武器はいくつ残ってる!? エバさんから渡された分を合わせて!』

『“スタナー” ×1

 “ガス爆弾ボム” ×1

 “聖職者殺しプリーストブラスター” ×2

 “強制転移テレポーター” ×1』

『“吸血鬼” に効果があるのは “強制転移” ぐらいか!』

『ケイコ姐さん、二区画ブロック先の左の扉に入れば転移地点テレポイントがあるから、それに入って!』


《“J” の転移地点ね、了解!》


 視聴者メンターのコメントを読み上げ機能で聞いたケイコが、地図アプリで確認する。

 スマートウォッチなら慣れれば、走りながらでも見ることができるらしい。


「レンゲ、聞こえる! あたしよ! がんばって――お願い、がんばって!」


 必死になってコメントを打ち込む!

 読み上げられてもレンゲに聞こえるとは限らない!

 それでも打ち込まずにはいられない!


(お願い……お願い……お願いだから頑張って……!)


 ケイコは回廊の左右に現れた扉のうち左側を蹴り開け、中に突入した。

 レンゲも続き、中にあった転移地点を走り込む。

 カメラが歪み、ふたりは別の座標に跳ばされた。

 跳ばされる直前、ケイコが叫んだ。


《心配いらないって! エバがちゃんと帳尻を合わせてくれるから!》


◆◇◆


 その階層には内壁がなかった。

 すべての壁は外壁と同じ、厚い岩盤をくり貫いて形作られていた。

 回廊と言うよりも隧道トンネルだった。

 

 エバ・ライスライトはその隧道を、急ぎ足で移動していた。

 隧道の終点には扉があり、扉の奥には玄室があった。

 玄室には強大な守護者ガーディアンが、侵入者を排除すべく待ち受けていた。

 

 扉を開けると、拗くれた水牛の角を持つ “蒼氷色の巨大な悪魔” が従順にひざまずき、 道を開けた。

 次の玄室では迷宮のしのびを束ねる “頭領” がやはり地に伏して、彼女を送り出した。

 隧道は玄室に繋がり、玄室は転移地点によって新たな隧道に繋がっていた。


 地獄の “道化師” が。

 金色の “狂君主” が。

 最高位の “大魔導士” が。

 

 同様に聖女を迎え入れ、次々に最敬礼で見送った。

 そうしてついにエバは階層の最奥、七つ目の玄室に辿り着いた。

 臆することなく足を踏み入れるエバ。


 玄室の中央壁際には瀟洒しょうしゃな玉座があり、その傍らに男が立っていた。

 群青色の大時代風の壮麗な衣装に身を包んだ、一九〇センチを超える長身の男。

 豪奢な金髪と、常闇に妖しく映える白い肌。

 ゾッとするほどに完璧で美麗な、魔性の容貌。

 紅玉ルビー色の双眸が、エバを射貫く。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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