第22話 誰がコマドリを殺したのか? そして殺すのか

 パーティをマキオは、ひとり迷宮を彷徨っていた。

 毒に侵され身体からは一歩毎に、生命力ヒットポイントが失われていく。

 自ら命を縮める、死の彷徨ほうこう

 生きることを諦めたのか?

 生を捨てたのか?

  

 否。


 生も死も、マキオの頭にはなかった。

 マキオの頭にあるのは、傷つけられた自我を

 ただそれだけが、朦朧とする頭の中で渦巻いていた。


 どうすれば、あの連中を見返せるか。

 リーダーを、パーティに復讐できるか。


 奴らは優秀な探索者であり、超人気Dチューバーでもあるリーダーの自分を妬み、迷宮保険員のエバ・ライスライトと結託し、遭難事件をでっち上げた。

 そして人目の届かぬ迷宮の奥底で、自分を亡き者にしようと画策した。


(そうだ! それだ!)


 自我を保てる、マキオは狂喜した。


(今にして思えばレンゲが “強制転移テレポーター” の解除に失敗したのも、わざとだったんだ! これを公表すれば奴らは終わりだ! そして絶体絶命の窮地から生還し陰謀を暴いた俺は、ヒーローになる!)


 肥大化した自我を守るために、嘘を積み重ねてきた人生。

 小賢しく積み上げた嘘は、一部でも崩れたら致命傷になる。

 信用を失い、人には去られる。

 それでもマキオは変われない。

 マキオには自省も克己もない。

 代わりに自分に都合のよい、新たな物語りを夢想し入り浸る。


(そうと、あとは生きて還る


 マキオは意気揚々、屈託なく思った。

 自分は優れた迷宮探索者であり、選ばれた人間であり、特別な存在だ。

 特別な存在は、どんな危険な状況でも生き残る。

 これまでの探索でも、危機的な状況は何度となくあった。

 そのすべてから自分は生還した。

 だから今回も生還

 何の問題もない。


 マキオが自我を保つ方法はいつも同じだ。

 徹底した他責思考。

 他者に責任を押しつけ、切り捨てる。 

 だがマキオの周りにはもう、責任を押しつけられる何人もいなかった。

 

 だからマキオは常にアンテナを張り巡らせている。

 不満や怒りを抱く人間を鋭敏に察知して近づき、自信に満ちた言動で共感を示し、心の隙間に入り込むのはもはや生存本能と言えた。

 そうやって、社会に不満を抱いていたレンゲたちも絡め取った。

 やがて去られるが、去られればまた新たな取り巻きを作る。

   

 ほら、もうのが現れた。


「やあ、ひとり? ソロじゃ危ないよ。よかったら協力して地上を目指さない?」


 マキオはにこやかに、目の前の人影に話しかけた。


◆◇◆


「なんか追放したみたいで後味が悪いな……」


「はぁ? 出て行ったのはあいつの意思だろうがよ」


「でもよ……」


「今さら罪悪感なんて感じてんじゃねーよ」


 今になって煮え切らないホーイチに、ゼンバが苛立つ。

 ゼンバはパーティではマキオに次いで押し出しの強い性格で、自然とリーダー的な立場になっていた。


「あいつは危険だ。一緒にいたらあいつの我が儘に巻き込まれてこっちまで全滅だ。これがベストな解決だ」


 苛立ちを隠さずに、ゼンバが吐き捨てた。

 誰もがゼンバの意見に賛成だった。全面的に賛成だった。

 それでも後味の悪さは拭いきれない。

 ゼンバからしてそうだった。


「俺たちはだ。後味が悪いのは当然だ」


(……ってなんなんだろう)


 ゼンバの言葉に、レンゲは膝に顔を埋めながら思う。


(……確かにマキオは自分の都合で平然と仲間を切り捨てる奴だった……でも、そのマキオを結果的に切り捨てたわたしたちはどうなのよ……罪悪感さえ覚えれば普通で許されるなら、普通だって充分怖い)


「これでよかったんだよ。仮に引き留めたとして、苦しみながら死んでいくあいつをずっと見てるんだぞ。あいつのことだ。俺たちへの……自分以外のすべてへの呪詛をまき散らしながら死んでいくに決まってる……そんなの耐えられるかよ」


 ヤンビの言葉は正鵠を射ていたが、慰めにはならなかった。


「……もう死んだでしょうね」


 露骨すぎるリオの呟きに、誰からも反応はなかった。

 誰もが今後の成り行きを思い、暗鬱あんうつとなっていた。

 エバ・ライスライトと再度の合流を果たせたとして、マキオの死体を捜さなければならない。

 そして見つかったとして、恨みの籠もった表情を浮かべているマキオを背負って、地上まで戻らなければならない。

 どうにか地上に戻れたとして、今度は蘇生の儀式が待っている。

 生き返ったら生き返ったで、マキオによるネガティブキャンペーンが始まる。

 あの人間性を思えば、自分たちへの攻撃は執拗を極めるだろう。

 暗澹あんたんたる未来だ。

 

「……いっそこのまま死体が見つからなければ……」


「やめろ!」


「なによ! わたしはあいつにゴミみたいに捨てていけって言われたのよ! あなただってそうでしょ!」


「よせ、魔物を呼び寄せる気か!」


 諍いを始めたリオとゼンバを、ヤンビが怒鳴りつける。

 ストレスが限界に達しつつあった。


「……魔方陣が明滅し始めた。キャンプを張り直すから、警戒をお願い」


 異変に気づいたレンゲが、疲れた表情で立ち上がる。

 聖水の効果が切れて、魔除けの六芒星が消えかかっていた。


「……これが最後の聖水」


 言いながら、萎んでしまった聖水用の水袋を背嚢から出す。

 次のキャンプが切れるまでにエバが現れなければ、防円陣サークルフォーメーションを組んでの一瞬も気の抜けない時間を過ごすことになる。


「誰だ!」


 水袋の栓を抜きかけたレンゲの手を、ヤンビの鋭い誰何すいかが止めた。

 ハッと振り向いた全員の視線の先に、それは……いた。


「……マキオ」


 呟いたレンゲの背筋を悪寒が貫く。

 毒のせいか。病的なまでに血の気の失せた肌が、迷宮の闇に浮かび上がっている。


「おまえ……生きていたのか」


 ゴクリ……と生唾を呑み込むゼンバに、マキオがニヤニヤとした笑みを返す。

 表情だけ見れば、毒に侵されているのはゼンバに見えた。


 おかしい。

 何か変だ。

 絶対に変だ。


 レンゲたちの中で異常事態を告げる警報が鳴り響く。

 だが、動けない。

 金縛りにあったように、誰一人動くことができない。


 マキオが笑みを浮かべたまま、近づいてくる。

 魔除けの魔方陣が最後の光を放ち、消えた。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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