第21話 ノーライフキング

 かつて仲間だった四人の “吸血鬼” が恍惚とした表情で身をくねらせ、退いた。

 道が拓け、かつてリーダーだった男が姿を現す。

 かつてのリーダーであり、パーティから去った男であり、再び舞い戻ったときには不浄なる魔に魅入られていた男。

 病的なまでに蒼白な肌。

 紅玉色の瞳と爪。

 歪めた口の端から僅かに覗く、鋭い犬歯。

 四人の仲間をその牙にかけて下僕に変えた魔物。

 不死属アンデッドの頂点…… “吸血鬼”


「……マキオッ」


 レンゲが短剣ショートソード を自身の首筋に当てたまま、呻いた。


“嗚呼、我らが神聖にして偉大なる不死王ノーライフキングよ”


 リオが、ゼンバが、ヤンビが、ホーイチが、恍惚とした表情で賛美する。


“カメラを”


 マキオが猫なで声で囁いた。


“カメラを回してくれたまえ、


 優しげに、魅力的に、心の隙間に忍び込んでくるように。


「カ、カメラ……?」


(な、なにを言ってるの、この男?)


“リオやホーイチのヘッドカメラは皆、壊れたりバッテリーが切れてしまったのだよ”


 本当に心地の良い声で、マキオが言葉を紡ぐ。


の生まれ変わった――いや真の、本来の姿を世界中の視聴者リスナーに見てもらうのさ。彼らだって見たいに決まってるからね”


(……ああ、そうだ……この人の言うとおりだ……こんな美しい人……誰だって……見たいに……決まってる……)


 トロン……と夢見心地な目で、レンゲは思った。


“さあ、カメラを回してこっちに追いで。そして君も仲間になりたまえ”


 短剣を捨て、ヘッドカメラを拾い上げ、レンゲはマキオに吸い寄せられていく。


(……ああ、良い気持ち……この人の下僕になりたい……この人の物になりたい……この人に……)


 魅了チャームの甘美な虜になりながら、それでもレンゲは自我を保とうと思考を巡らせる。


(……でも……この奇麗な人はいったい……誰なんだろう……? わたしは……誰? ……どうして……ここに……いるの……?)

 

◆◇◆


 呪文を唱えるためにリオが離れ、ヤンビの重さがすべてレンゲに掛かった。

 鎧を捨て鎧下クロースだけになっているとはいえ屈強な前衛職を支えて歩くのは、筋力ストレングスが低いレンゲには辛かった。

 それでも古強者の気力を振り絞り、レンゲは仲間の戦士を壁際に引きずっていく。

 壁を背にすれば蒼穹の覇者である“翼竜ワイバーン” も、飛翔能力を活かせない。

 問題はその時間が稼げるか――。


 レンゲの背後、頭上高くで、衝撃音が響いた。

 巨大な質量が何かに激突し、破砕する音。

 ついで響き渡る、金属質の悲鳴。

 リオが詠唱した“暗黒ダークネス” に視力を奪われ、ホーイチが現出させた“神璧グレイト・ウォール” に、“翼竜” が激突したのだ。

 “神璧” は粉々に砕け散ったが “翼竜” もまた一瞬意識を失い、に陥った。

 すぐに体勢を立て直すも、レンゲたちを襲う余裕はなくなった。

 

 ――時間が稼げた!


 レンゲの意気が上がる。

 最後の力を振り絞って壁際を目指す。

 殊勲のリオとホーイチが戦士のゼンバを支えて続く気配がした。


 ――もう大丈夫!


 目指す壁は目の前だ。

 レンゲは気づかなかった。

 先に放り捨てたマキオの姿が、そこになかったことに。

 気づかないままレンゲは壁に達し、に座り込むマキオと再会した。

 耳をつんざく“翼竜” の叫声も、肌を斬り裂く飛翔音も消えていた。


「え? ――きゃっ!?」


「うわっ!」


 驚くよりも早く、すぐ後ろに出現したホーイチたちがぶつかってきた。


「な、なに?」


 リオが突然の変化に怯えた声を上げる。


「落ち着いて! たぶん転移地点テレポイント!」


 パニックになりかけたレンゲだったが、仲間たちの動揺が却って踏み止まらせた。

 狼狽えるリオらに冷静になるように呼びかけ、支えていたヤンビを下ろす。


「ゼンバの様子がおかしいわ。ヤンビと……マキオも」


ポイズンだ……畜生、“翼竜” は毒持ちか」


 座り込む三人の戦士の顔に苦悶の色が浮かんでいるのに気づき、リオとホーイチが呻いた。

 ヤンビとゼンバは、脂汗を流しながら浅い呼吸を続けている。

 マキオも同様だったが、この期に及んでもスマホでエゴサをしていた。

 しかし繋がらないらしく、何度もやり直している。

 またしても電波の範囲外に出てしまったらしい。


「キャンプを張りましょう……それからホーイチは三人の治療。リオは座標の確認」


 マキオは毒に侵されているうえに、すでにリコールされている。

 リーダーに迎えるはずだったエバ・ライスライトとも、再びはぐれてしまった。

 レンゲは自分が向かないことを理解しながら、指示を出すしかなかった。

 ヤンビかゼンバ、あるいはホーイチ。


(治療が終われば三人のうちの誰かが、暫定的なリーダーになるだろう……)


 魔除けの魔方陣を描きながら、レンゲは思った。


「現在位置がわかったわ。今いるのは八階の “5、14” よ……」


 “座標コーディネイト” の呪文を唱え終えたリオが、疲れた顔で告げた。


「もう“聖水” が少ししかない。キャンプを何度も張るのは無理。ここでエバさんが来るのを待ちましょう……ヤンビたちはどう?」


「それがマズいことに…… “解毒キュア・ポイズン” があと二回しか残ってねえ」


 “解毒” の加護は、聖職者系魔法の第四位階に属する。

 レベル8の僧侶プリーストであるホーイチの魔法パワーレベル嘆願できる回数は四回。

 そのうちの一回を探索開始時に、同位階の “恒楯コンティニュアル・シールド” で使ってしまった。

 また遭難する直前の戦闘で毒に侵されたゼンバを治療するために、さらに一回。

 残りは二回。

 毒に侵されているのは三人。


「……ジャンケンだ」


 マキオが今にも死にそうな声で言った。


「……それが一番公平だ」


 レンゲは胸の奥で安堵した。

 マキオが自分を優先しろとかと思ったからだ。

 レンゲを凍り付かせたのは、マキオではなくゼンバだった。


「……いや、俺とヤンビだ」


 やはり息も絶え絶えなゼンバがそれでも剣呑な眼差しで、マキオを睨む。


「……おまえは一度、死んでいた俺とリオを見捨てた……だから今度は俺とヤンビに譲れ……それが公平だ……」


「……そうだ。ゼンバの言うとおりだ」


 ヤンビも同調する。


「……汚い奴らめ。おまえらは俺にずっと嫉妬してた。復讐する気だな」


 マキオが座り込んだまま剣を構えれば、ゼンバとヤンビも構え返す。


「やめて! また同じ間違いをする気! もうキャンプは張れないのよ!」


「多数決だ。それしかねえ。ジャンケンか、それともマキオを除外するか」


 レンゲが割って入り、ホーイチが厳しい顔で決を採ることを提案した。

 ジャンケンに賛成は、マキオ。

 マキオ除外に賛成は、ゼンバとヤンビ。


「……わたしも見捨てられたから」


 リオがマキオ除外に賛成した。

 これであとひとりマキオ除外に賛成すれば決まりだ。


「……おまえはどっちなんだ? レンゲ」


 マキオがすがるような目で、レンゲを見た。

 レンゲは混乱した。

 なぜ、そんな目で見るのか。

 どうして、そんな目を向けることができるのか。

 自分が味方をするとでも思っているのか。

 これまでの自分との軋轢を思えば、有り得ないことが理解できないのか。

 どこまでも自分本位な人間。

 他人の気持ちがわからず最後は必ず孤立してしまう人。

 レンゲは初めて、マキオを憐れに思った。


「……ごめんなさい」


 レンゲもマキオ除外に賛成した。

 マキオの顔が絶望に歪む。


「決まりだな。俺もゼンバとヤンビの優先に賛成だ」


「……それでも回復役ヒーラーか」


 マキオにはわからない。

 なぜ自分がこんなにも孤立してしまったのか。

 ダブルスタンダードが最も他者の信頼を失う行為だと、マキオには理解できない。

 ホーイチが祝詞しゅくしを唱え始めた。

 まずヤンビが癒やされ、ついでゼンバが回復した。


「……地上に戻ったらおまえたちを訴える。法的手段で追い詰めてやる。ブログにも告発文を載せる……おまえたちを破滅させてやる……」


「迷宮は治外法権だ。法律は適用されない」


 息を吹き返したゼンバが立ち上がって、マキオを見下ろす。


「心配するな、見捨てはしない。俺たちはおまえとは違うからな。たとえ死んでも、エバが来るまでを守ってやる」


「……なら癒やしの加護を施すべきだろう…… “小癒ライトキュア” が残ってるはずだ……」


「駄目だ。あれは俺たちの最後の命綱だ。逆の立場なら、おまえも同じことを言ったはずだ。エバ・ライスライトがくるまで辛抱しろ」


 ヤンビにもあしらわれる。


「“小癒” を受ければ苦しみが長引くんだぞ。エバさんが遅れればその間、ずっと生命力ヒットポイントが減り続けるんだ」


 ホーイチが、こちらは若干気の毒そうな声色で告げた。

 助けてやられるものなら、彼とて助けたいのだ。


「……死んだ方が楽だってか……死んだこともないくせに……」


「死んだことがないのはおまえも同じだろう」


「迷宮では時として非情な決断が迫られるといったのは、おまえだぞ」


 ゼンバが吐き捨て、ヤンビがマキオを睨み付ける。

 マキオには毒の苦しみよりもふたりの視線が、パーティからの扱いが耐えられなかった。

 剣を支えにヨロヨロと立ち上がると、仲間たちに背を向ける。


「どこへ行く気? 勝手な真似はしないで」


 レンゲの口から震える声が漏れる。


「……自分の運命は自分で切り拓く。付いてきたいのなら勝手にしろ……」


 もちろん誰一人として、マキオに付き従う者などいない。


「ここにいれば死んでも、エバさんに助けてもらえるのよ!」


 レンゲが叫ぶ。

 だがマキオは無視して、魔方陣を出た。

 もはやマキオはレンゲの理解の、遙か外側にいた。

 マキオは助かりたかったのではない。

 マキオは助けたかったのだ。

 パーティを、仲間を、己以外の誰かを。

 自身が賞賛を浴びるために。

 マキオは自分を受け入れない現実を拒否し、迷宮の闇に消えた。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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