第20話 不浄なる者★

「みんな、逃げて! 地上に出たら入口をすぐに封鎖して! この迷宮はもう駄目! 速くしないとみんな――みんな “吸血鬼バンパイア” になっちゃう!」


 レンゲは泣きじゃくりながら、自分に向けたヘッドカメラに向かって訴えた。

 まもなくこの迷宮は “吸血鬼” で溢れかえる。

 あの恐るべき魔物アンデッドは探索者たちを片端から襲い、同族にしていくだろう。

 そして中層から浅層、さらには地上へと、ウィルスのように浸透していく。

 迷宮の魔物が地上へ出ることはない――そんな前提はもはや過去のものになった。

 あいつは自分を認めなかった社会を見返すために、に地上に出る。

 

 自分はもう駄目だ。

 弄ばれるように逃がされた挙げ句、振り切れないまま追い詰められてしまった。

 自分はもう助からない。

 それならせめて他の人間を――姉を助けたい。

 まもなく最後の “聖水ホーリーウォーター” の効果が消える。

 、自分を護ってきたキャンプは消失する。


 鮮血よりも鮮やかな紅い瞳と、対照的な病的に白い肌。

 やはり対照的な長く伸びた真紅の爪と、骨のように白い犬歯。

 魔方陣の外で待ち構えるヤンビが、ゼンバが、リオが、ホーイチが、再びレンゲを仲間にすべく襲いかかってくる。

 

 化け物になった姿を姉に見られたくない。

 なにより大好きな姉を襲いたくない。

 レンゲはヘッドカメラを置き、代わりに愛用の短剣ショートソード を握りしめた。

 今のレンゲの力量レベルでは、四体もの “吸血鬼” から逃げおおせるのは不可能。


(仲間にされて、お姉ちゃんを襲うくらいなら)


 レンゲは涙を拭い、悲壮な決意を固めた。


◆◇◆


「レンゲッ! レンゲッ! どうしたのよっ! ちゃんと撮しなさいよ!」


 カメラがレンゲから外れ、スマホに向かって怒鳴る!

 いったい何が起こったっていうの!?


《レンゲさん! どうしたのですか!? 状況を知らせてください!》


《ちょっと、今 “吸血鬼” って言わなかった?》


 ダッシュで内壁に中継器Wi-Fiを設置したエバも、スマホに向かって呼びかる。

 その後ろから、慌てて追いかけてきたケイコの引きつった声が聞こえた。 


『言った。確かに言った』

『この迷宮はもう駄目。みんな “吸血鬼”になっちゃう――とか』

『どういうこと? 今度は “吸血鬼” が湧いたの?』

『ホーイチは? リオは? 他のメンバーはどうした?』

『おい、返事しろ! 状況を教えろ、レンゲ!』

『駄目だ、Dチューブを見てねえ。エバさんが中継器を設置したこと知らないんだ』

『つーかあいつらが消えてからまだ一〇分も経ってねーだろ。何が起こったんだ?』


《レンゲさんたちは “翼竜ワイバーン” に襲われた拍子に、転移地点テレポイントに足を踏み入れてしまったのです。“探霊ディティクト・ソウル” で念視したところ、彼女たちはいま北西区域エリアにいます》


《そ、そこが “吸血鬼” の巣だったってわけ?》


《もしくは “巣になった” か。“翼竜” が自由に飛び回ったことから現在、この階層フロアは空間が歪んでいます。空間が歪んでいる以上、時間もまた歪んでいます。レンゲさんたちの時間がわたしたちよりも早く進んだか、あるいは――》


《あたしたちの時間が遅くなったか》


 ケイコの言葉に、エバがうなずく。


《わたしは一度七階に上がって加護を嘆願できるようにしてから、レンゲさんたちを追いかけます。その前にあなたを “転移テレポート” で地上に――》


《あたしは斥候スカウト として、あんたの先陣を切るから》


《いけません。“吸血鬼” は大変危険な魔物です。あなたにお貸ししている装備では彼らを防ぐことはできません》


《それはレンゲだって、あのパーティの連中だって同じじゃない。迷宮に潜る理由は人それぞれ。還るかどうかは、あたしが決める》


 ケイコは決意の籠もった眼差しで、エバに答えた。

 ふたりの視線が真っ向からぶつかり合い、見えない戦いを演じているようだった。

 勝ったのはケイコだった。


《止めても無駄なようですね》


《もち》


《それならすぐに縄梯子を上ります。七階で装備の再分配を済ませたら、“転移” で一気に北西区域に跳びます》


『エバさん説得諦めた』

『おお、ケイコ、最後まで同行するか!』

『漢、ケイコ姐さん!』

『でも “吸血鬼” って強いんだろうな……やっぱ』

『モンスターレベルいくつなんだろ?』

『少なくともケイコよりは高いだろう』


(この人……どうして?)


 盛り上がるコメント欄とは対照的に、わたしは戸惑った。

 ケイコの気持ちが全然わからない。

 この人にしてみれば、レンゲもわたしも赤の他人なのに。

 どうして命を賭けられるの?

 エバへの友情? 彼女に恩があるから?


「理由なんてどうでもいい! レンゲを助けてくれればそれで!」


 エバのヘッドカメラに、揺れる縄梯子のアップが映った。


◆◇◆


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330668744548119


“無駄無駄無駄無駄”


“そう、無駄無駄無駄無駄”


“頸動脈を切ろうが、心臓を貫こうが、キングが甦らせる”


“死んでからだと、“腐乱死体ゾンビ” “食屍鬼ロッティング・コープス” “憑屍鬼ライフスティーラー”、どれも汚らしくて嫌。やっぱり “吸血鬼” が耽美で最高”


 ヤンビが、ゼンバが、ホーイチが、リオが、魔方陣の外で口々に語りかける。

 レンゲは短剣の刃を首筋に当てたまま、最後の一歩を踏み出せずにいる。

 古強者ネームドの探索者とはいっても一七の少女に、おいそれと刃物で自分の首を切り裂く芸当ができるはずもない。


「どうしてこんなことに……」


 レンゲは短剣を手にしたまま、再び瞳に涙を溜めた。

 “吸血鬼” にされてしまった以上、もう元の人間に戻すことはできない。

 生死を共にしてきた仲間たちは救う手立てはない。


“同情なんていらない”


“むしろ、同情するのは俺たちの方”


“人間なんて不便で不完全で不必要。“吸血鬼” になれて幸せ”


“レンゲにもこの幸せを知ってほしい”


“仲間になれ”

 

“仲間になれ”


“仲間になれ”


“仲間になれ”


“そして我らが王に忠誠を”


“王に忠誠を”


“忠誠を”


“忠誠を”


「あなたたち……」


“おお、王が来た”


“王が来られた”


“王の御出でだ”


“嗚呼、神聖にして偉大なる我らが不死王ノーライフキングよ”


 仲間だった四人の “吸血鬼” が恍惚とした表情で身をくねらせ、退いた。

 現れたのは彼らを不死の魔物に変えた、主にして元凶。

 すべての不死属アンデッドの頂点に立つ、不浄なる者たちの王。

 レンゲは四人の “吸血鬼” にかしずかれる、かつてのリーダーを睨み付けた。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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