第25話 ファンブル

《ケイコさん、あなたが一緒に行ってくれると言うのでしたら、お願いがあります》


 縄梯子を登り切り、再び身体を魔導伝導物質エーテルで満たしたエバが、ケイコを見た。


《お願い? なによ?》


《あなたにはひとりで、レンゲさんたちを助けに行ってもらいたいのです》


《……どういうこと?》


《カタストロフを防ぐために、わたしには行かなければならない場所があるのです》


「ちょ、ちょっと! なに言ってるのよ!」


 わたしはスマホに叫び、それでは伝わらないことを思い出して、慌ててコメントを打ち込んだ。

 レンゲを――妹を放ってどこにいくつもりよ!?

 そんな真似はさせない! 絶対にさせない!


《レンゲさんのお姉さん、あなたが怒るのは無理もありません。ですがレンゲさんを助けるためにも、わたしは行かなければならないのです》


《まずは状況を理解しないと。エバの話を聞きましょう》


 ケイコがわたしをたしなめ、歯ぎしりしてスマホの奧の盗賊を睨み付けた。


《レンゲさんは “吸血鬼バンパイア” に襲われていて、迷宮が彼らで溢れ返ると言っています。もし一匹でも地上に出れば……世界が終わります》


《“吸血鬼” が――魔物が地上に出るっていうの!?》


《魔物が迷宮から出ないのは、あくまで彼らにその気がないからです。ですが向こうの世界アカシニアではかつて実際にあったのです。魔物が群れを成し、迷宮軍を編成して地上に攻め入ったことが》


《それで……どうなったの?》


《多大な犠牲を払って撃退しました。しかしその時の魔軍には “吸血鬼” は含まれていませんでした。もし彼らが戦列に加わっていたら戦局は全く違っていたでしょう。もう一度言いますが、“吸血鬼” が一匹でも地上に出れば人類は滅びます》


 そうしてエバは自身のヘッドカメラを外し、カメラに向かって、わたしに向かって訴えた。


《レンゲさんのお姉さん。レンゲさんは自分が助かることより、あなたの身を案じています。レンゲさんの気持ちに応えあなたと、なにより彼女を助けるには、わたしはどうしても、に会いに行かなければならないのです》


「彼って……」


《現在この迷宮を支配する者――迷宮支配者ダンジョンマスターです》


 衝撃が激しい悪寒となって、身体を貫いた。


は過去にもこの八階に探索者を誘い込み、眷属化して互いに争わせました。“探霊ディティクト・ソウル” にはレンゲさんの反応しかなく、他の五人は消失ロストしたと思われます。おそらく “吸血鬼バンパイア” にされてしまったのでしょう。レンゲさんを彼らと同じには――悲運の君主ロード “アレクサンデル・タグマン” さんと同じには、絶対にさせません》


「アレク……なんとかって、誰よ?」


 突然出てきた名前に困惑し苛立つわたしの声は届かず、エバは残っているすべての “とっておき” をケイコに渡した。

 さらに――。


《これも持っていってください》


《あたしは盗賊だよ。それは使えないって。だいいちそいつはあんたの――》


《いえ、これは魔道具マジックアイテムとしても使えますし、持っているだけでも効果があります。“吸血鬼” を相手にするなら絶対に必要です》


 渡せる限りの道具とさらにヘッドカメラを渡すと、エバは僧衣の下に秘している護符アミュレットの力を使って、八階の北西区域エリアに“転移テレポート” した。

 そこでケイコと再会を約束し、自分はもう一度、迷宮の何処かへと “転移” していった。


《――さあ、それじゃレンゲを捜すよ》


 装着者を移したヘッドカメラのマイクが、ケイコの決意の籠もった声を拾った。


◆◇◆


 エバ・ライスライトの表情が凍り付いた。

 迷宮の最奥で、主不在の玉座を守る怪人から告げられたのは、彼女の想像を遙かに超える事件の全容だった。

 彼女は見誤った。


 宝箱に仕掛けられた“強制転移テレポーター” の罠。

 地下八階の “魔法封じアンチ・マジックの間” への再出現テレアウト

 “吸血鬼” と化す仲間。


 すべての符号がかつて目の前の男が演出した “アレクサンデル・タグマン事件” と一致していたからだ。

 エバは気づかないうちに、迷宮で最も忌むべき固定観念に囚われていた。

 だから交渉を含むこの男との対決さえ制すれば、皆を救えると考えてしまった。

 痛恨のミスファンブルだった。

 今回の事件を演出したのは、この男ではなかった。

 想像を絶して、別にいたのだ。


 エバはこの部屋の主から受け継いだ護符アミュレットに触れた。

 封じられた “転移” の魔力を引き出す。

 間に合うか。

 否、間に合わせなければならない。

 だが実際にリカバーできるかは、迷宮の時間の歪みに――自身の運気ラックにすがるしかなかった。

 そして彼女の運気はすべての能力値ステータスの中で、ことさらに低かった。

 胸に手を当て頭を垂れる男の前で、エバは量子の光となって爆ぜた。



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ご視聴、ありがとうございました

今回言及された “アレクサンデル・タグマン”事件” のエピソードは、

本編のこちらで語られています。

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742/episodes/16816452219051052276

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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