第17話 計算と予想

「Goooooooodだ、ゲロ。Excellentだ、ゲロ。Amazingだ、ゲロ」


「そうゲロゲロ言われると、なんかディスられてるみたい」


「そいつはひがみってもんだぜ、ゲロケイコ。カメラが壊れちまってたのが残念だぜ。今の戦いを配信できてたら『いいね』と『スパチャ』の嵐だったぜ、ゲロゲーロ」


「頭にゲロをつけるな」


 ケイコが足下で跳びはねる真鍮製のカエルを睨む。


「仕方ないでしょ、精密機器なんだから。いくら “炎の指輪” と “恒楯コンティニュアル・シールド” で護られてるからって、竜息ブレスで何度も炙られるなんて考慮されてない」


「まったく柔な機械だぜ、ゲロゲロ。機械の風上にも置けねえ。中身が安物なのよ。オイラを見ろ、姿焼きにされかけたってピンピンしてる――」


「シッ!」


 突然表情が張り詰めたケイコに、カエルのゲロボルタは慌てて顔の半分もある口を抑えた。


(ま、また敵か?)


(わからない。でも気配がしたような……)


 盗賊シーフ命を吹き込まれた置物アニメーテッド・オブジェクトは、隣の玄室と繋がる扉を見た。

 “合成獣キメラ” に追われて逃げ込んできた扉だったが、すでに閉ざされている。


(もう新手が湧きやがったリポップしたのか?)


(“徘徊する魔物ワンダリング・モンスター” かも)


(どうする?)


生命力ヒットポイントがギリギリ……戦うのも逃げるのも無理っぽい)


 回復ヒーリング効果のある指輪で徐々に癒やされてはいるが、何度も竜息で炙られた身体は完調にはほど遠い。

 盗賊の命ともいえる俊敏な身ごなしは失われたままで、戦いFIGHTにも逃走RUNにも耐えられそうにない。


(“とっておき” は何が残ってる、ゲロ……?)


(“転移テレポート” と“聖職者殺しプリーストブラスター” 。でも “転移” は本当に最後のとっておき)


 “爆弾ボム” を使ってしまった以上 “転移” は、魔法が封じられたこの区域エリアで、ケイコが使える最後の範囲攻撃手段だ。

 多数の敵と遭遇した際に用いるべき切り札だった。


(気配を完全に消しているなら少数で小型。知能もある。多分ひとり)


(“人間型の生き物” か。となると “忍者” か “侍” か “魔術師” か “僧侶” だな、ゲロ)


(“盗賊” を忘れてるわよ)


(そうだった、ゲロ。冒険者崩れタイプはどれも可能性がある――どうするゲロゲロ?)


(今だと魔術師以外は一対一でも負けそう……)


 単体の敵に対して汎用的に効果がある “スタナー” は、たった今使ってしまった。

 同じく単体用の “石弓クロスボウボルト” は、かさばるので持ってこられなかった。

 

(“転移” を温存したいなら、まず “聖職者殺し” を投げつけて、相手が “僧侶” ならラッキー。それ以外なら改めて “転移” を投げつけろ、ゲロ)


(それじゃ高確率で “聖職者殺し” が無駄になるじゃない)


(生命力が回復する時間さえ稼げればいいんだ。体力が戻ればこの先 “聖職者殺し” なんてなくても、加護を封じらてる “僧侶” ぐらいどうとでもなるだろ、ゲロ?)


 計算と予想。

 カエルはお調子者だが、切れ者でもある。

 ケイコは納得して雑嚢の “聖職者殺し” を握った。

 扉の奥で息を潜めているのが “僧侶” や “司教ビショップ” なら完勝。

 それ以外の冒険者崩れなら、“聖職者殺し” は “魔術師殺し” と同様に発動の瞬間に激しい光を放つので、その隙に再度 “転移” の罠を投げつける。

 生命力が一桁のケイコに採れる、最も勝算が高く消耗の少ない行動だ。

 扉の奥で、今度こそ確かな気配がした。

 間違いなく、魔物はいる。


 刹那、ケイコの内側で名状しがたい違和感が拡がった。

 説明しがたい、違和感というしかない違和感。

 何かが変。

 何かを忘れている。

 とても大事な、重要な何かを忘れている。


「オウン」


 違和感の原因に辿り着くよりも早く、珍妙な声が扉の奥からした。

 ケイコの身体から力が抜け、代わりに冷や汗が噴き出した。


「オウン、オウウ~ン」


 首筋を流れた不快な汗を拭うと、ケイコも珍妙な声で応える。

 扉が開き中から、白い僧服に身を包んだ華奢な人影が現れた。

 違和感の原因。

 この階層フロアで単独行動しているのは、魔物だけではないのだ。


「ああ、よかった。危なく石にしちゃうとこだった」


「“聖職者殺し” ですか? 怖いですね。あれには護符アミュレットの護りも効きませんから」 


 エバ・ライスライトが微笑み、ケイコを柔らかく抱きしめた。

 ケイコは不覚にも、涙が零れそうになった。

 それほど年下の友人と再会できて、安堵した。

 珍妙な声はふたりが決めた合い言葉で、かつてエバが仲間と同士討ちになりかけたときに行動を共にしていた、心優しい巨人を真似たものだ。


「でもどうしてあんたがここに……って、LIVEが途切れたから助けにきてくれたに決まってるよね」 


「レンゲさんたちは先ほど独力で脱出を試みました。窮地に陥りましたがギリギリのところで合流が間に合い、今はこの階層フロア縄梯子始点で待機しています」


 面目なさげなケイコに、エバはこれはまでの経緯を説明した。


「呆れた。それじゃあたしとカエルの完全なくたびれ儲けじゃない」


「まったくだぜ、こちとら何度姿焼きになりかけたことか、ゲロ」


「この先の玄室にいた魔物はすべて退治してあります。新しい住人が棲みつく前に、わたしたちも脱出しましょう」


 エバはそういうと、大魔女から受け継いだ護符に秘められた力を解放した。

 歩くのもままならないまでに減っていたケイコの生命力が、一瞬で全快する。


「あらゆる特殊攻撃防ぎ、あらゆる呪文を緩和し、無限に “転移” が使えるうえに、何度でもパーティを回復させる――まったく鬼に金棒、聖女に護符だよね」

 

 もはや呆れるしかないケイコを促し、エバが歩き出す。

 “邪眼犬ゲイズハウンド” の死体と血臭が充満する玄室を抜けて、“侍大将チャンプ・サムライ” と “百人隊長レベル10ファイター” が相打ちとなって果てた玄室を足早に通り過ぎる。

 僅かな時間しか経っていないので、新たな住人はまだ棲みついていない。


 螺旋状に配置された玄室群を踏破しやがてふたりと一匹は、北東区域の中心にある転移地点テレポイントに辿り着いた。

 先ほどレンゲたちと潜った転移地点にエバは再度足を踏み入れ、カエルを背負ったケイコも続いた。


 あとは彼女たちともう一度合流し、上層への昇降機エレベーター を目指す。

 遭難したといってもレンゲたちはネームドレベル8のパーティ。

 互いに魔法や魔道具マジックアイテムが使えるようにしたうえで協力すれば、問題なく辿り着けるはずだ。

 それは決して希望的観測でも取らぬ狸の皮算用でもなかった。

 彼我の戦力を冷静に分析したうえでの計算だった。

 だがエバとケイコの予想は裏切られた。


 縄梯子には、誰の姿もなかった。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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