第16話 死角なき魔物★

 エバが転移したのは地下八階の、座標 “12、17” だった。

 一帯に “魔法封じアンチマジックの罠” が仕掛けられた北東区域エリアの玄室で、再びエバは加護を嘆願することも魔道具マジックアイテムを使うこともできなくなった。


 ここは “警報アラーム” の罠で “侍大将チャンプ・サムライ” と “緑皮魔牛ゴーゴン”& “合成獣キメラ” ×3を同士討ちさせたケイコとカエル飛び込んだ玄室だ。

 計略は嵌まったかに見えたが、ケイコたちは玄室に残っていた最後の “合成獣” に驚かされ、竜息ブレスを浴びてしまった。

 “合成獣” の最大出現数は四頭。

 一頭だけ慎重な個体がいたのだ。


 “永光コンティニュアル・ライト” に照らし出される玄室に、動く物はなかった。

 玄室の広さは二×二区画ブロック

 四区画先まで届く魔法の光がすべての闇を祓っている。


「ケイコさんの姿も “合成獣” の気配もありません」


 エバはまた送信オンリーになってしまった、ヘッドカメラのマイクに言った。

 設置してきた中継器も途中の内壁が多すぎて、ここまで電波を届けられない。

 だがこちらの電波は転移地点テレポイントを通じて地上まで届く。

 中継器を置いたことで、今までよりも安定した動画を送れるだろう。

 Dチューブを介して、レンゲたちとも情報の共有ができるはずだ。


(気になるのは “合成獣” の姿がないことです)


 エバは胸の内だけで呟いた。

 逃走RUNしたのなら本体が、打ち倒しのなら死骸が、存在していなければならないが、そのどちらも見当たらない。

 違和感の警戒ランプが頭の中で灯る。

 だがどちらにせよ、ここで成すべきことはない。

 

「南に向かいます」


 北東区域は、玄室が螺旋状に配置された構造をしている。

 反時計回りに進めば、区域の中心で出口でもある転移地点に辿り着ける。

 “探霊ディティクト・ソウル”の加護で生存は念視されているので、ケイコとカエルのゲロボルタはマキオたちを捜しながら、そこを目指しているはずだ。

 エバは北西の南側に設置された扉に近づき、慎重に危険の有無を探った。


◆◇◆


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330668525160408


「熱チチチチチッ! 姿焼き、姿焼きになる! ケイコ、なんとかしろゲーロ!」


「うっさい! 文句があるならおまえがどうにかしろ!」


「文句じゃなくて、陳情、要望、苦情、切望ゲロ! ――竜息、来るゲロ!」


 背嚢から顔を出すカエルが、後方から迫る “合成獣” の胸が膨らむの見て、警告を発した。

 次の瞬間 、


 轟ッ!


 と “合成獣” の三つある頭部のうちドラゴンの頭から炎の奔流が吐き出され、ケイコを舐めた。

 火炎放射器と同様に薙ぎ払うように吐かれる竜息は回避が困難だ。

 背中を向けて逃走している状況では、ほぼ不可能に近い。


「右回避! 右回避!」


 自称ゲロボルタの指示に従い、転がるように右に回避するケイコ。

 竜の頭がすかさず動き、猛炎が彼女を追尾する。

 わずかな動きでも、距離があれば大きな角度になる。

 竜息ブレス持ちの魔物から距離を取るのは、悪手でもあった。

 今度こそかわしきれずに、炎がケイコを包んだ。

 肺が空になるまで “合成獣” は、竜息を吐き続ける。

 ネームドレベル8未満の盗賊シーフ生命力ヒットポイントでは、消し炭になる熱量だ。

 だが、


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 消耗しながらも、ケイコは生きていた。

 エバから借りている魔法の指輪が、左手で赤く輝いている。


「い、いくら “炎の指輪” があるからって、このままじゃ茹でガエル、ゲロ……」


「姿焼きよりはマシでしょ……」


 炎への耐性を持つ指輪の護りでにはならずに済んでいるが、それでも体力の消耗は避けられない。

 すでにケイコの生命力は、行動が可能なギリギリにまで減っていた。

 これ以上逃げる体力はない。


(なんてしつこい奴……)


 ケイコは歯がみして眼前の魔物と、自分の未熟さを呪った。

 魔物にも個体ごとに性格がある。

 目の前の “合成獣” は “警報” が鳴ってもすぐには動かない冷静さと、獲物を決して逃がさない執拗さを併せ持っていた。


(初手を間違えたまま、ここまで引きずった……被害を大きくした)

 

 逃げずに戦うべきだったのだ。

 自分よりレベルが上の魔物と戦うことを避け、逃走を選択してしまった。

 そして振り切れずに、今の苦境を招いてしまった。


「おい、ケイコ! 後悔するよりも生き残る算段をしろ! エバならそうしてるぞ、ゲロ!」

 

 ハッ、と我に返るケイコ。

 カエルの言うとおりだ。

 後悔しながら死ぬなんて間抜けもいいとこ。

 頭蓋骨の中身は生きるために使うものだ。


「カエルのくせに生意気――でもありがと。お陰で目が覚めた」


 ピンチなのは確かだが、切り抜けるすべがないわけじゃない。

 むしろエバ・ライスライトは、持たせられる限りの武器を持たせてくれた。

 これを使いもせずに死んでいるようでは、無能者のそしりを免れないだろう。

 にも呆れられるに違いない。


(冗談じゃない! そんなの真っ平だ!)


◆◇◆


『あたしが先に潜るよ』


『……え?』


『あたしが先に潜って、マキオたちを “魔法封じの区域” から連れ出す。あんたは転移地点テレポイントの出口で待ってて』


『それはいけません。地下八階は浅層階とは違います。ケイコさんに協力を仰ぐわけにはいきません』


『気に入らないんだよね、あの姉貴』


『気に入らない?』


『そう。まるでこの世の不幸を全部自分たちが背負ってるみたいな顔してて』


『……』


『今の時代、誰だって歯を食いしばって生きてるんだ。やりたくもないことをやってしたくもないことをして、我慢して我慢して、その日その日をどうにか生きている。それなのにあんな “不幸顔” をされたら、見返したくなるじゃない』


『ケイコさん』


『あんたはどうなのさ、エバ。あんたはどうして助けてやる気になったの? 契約を結んでないんだから断ってもよかったのに』


『同じだったのです』


『同じ?』


『はい。わたしがあの人に初めて会ったときに言ったことと、レンゲさんのお姉さんがわたしに言ったことが。「自分を売るから助けてください」。そしてわたしは彼に助けられ――救われました。そのわたしがどうして同じ願いを無視できるでしょう』


『なら決まりじゃない。あんたは救い、あたしは鼻を明かす。利害は一致してるんだから、悩むことなんてない。迷宮に潜る理由なんて人それぞれだろ、エバ』


『戦いは人の数だけ、ですか』


『それそれ』


◆◇◆


「あのに大口叩いちゃったからね。ここはなんとしても切り抜けないと」

 

 ケイコはケイコなりに、生き残るための悪巧みを練る。

 残された体力と武器。周囲の状況を吟味して、採りうる選択肢オプション を勘案する。

 思ったよりも選択肢は多かった。

 だが問題もあった。


「“合成獣” って、ほんとやっかいな魔物だよね」


 三つある頭が常に見張っていて、死角がない。

 ひとつが竜息を吐いていても、残りのふたつが警戒している。

 ふたつが炎を吹いても、最後のひとつがまだ目を光らせている。


(考えていてもジリ貧! 次でやる!)


 ケイコは雑嚢に手を突っ込み、目的の物を掴んだ。

 “合成獣” の胸が再び膨らみ、今度は山羊の頭が口を開けた。


(タイミング――タイミング――)


「今だ!」


 山羊の頭が竜息を吐きかけたまさにその瞬間、ケイコは “手榴弾” を投げつけた。

 “爆弾ボム” の罠から作られた魔法封じに関係なく使える、強力な範囲攻撃武器。

 かつてケイコの目前でエバ・ライスライトが、追跡者の “闇王ダークロード” に使った手。

 呪文と竜息の違いはあれど、炎を使う相手の自爆を誘う戦術。

 

 轟ッ!


 が竜息を吐く。

 細く熱量も低い分、瞬息で吐き出された炎が両者の中間で“手榴弾” を爆散させ、視界を真っ赤に染めた。

 まさに死角なし。

 獲物のを退けた “合成獣” は、三つの頭で勝利の三重奏トリオを咆哮した。

 そして、そのまま麻痺パラライズした。

 “手榴弾” の爆発を目眩ましに投げつけられた “本命” が全身の自由を奪っていた。

 単体にしか効果がない罠だが、それ故に相手が一匹の場合は必殺の武器となる。

 地響きを立てて横倒しになる巨体。

 瞬きひとつできない三対の巨眼に、矮小な人間がトドメを刺しに近づいてくる姿が映った。

 迷宮では、勝ったと思った直後が一番危険なのだ。


 おおっと、“スタナー” !



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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