第15話 心の理論

「クソがっ!! 死ねっ!!」


 突然激高したマキオに、離れて座っていた仲間たちがギョッとして振り向いた。

 エバ・ライスライトが “転移テレポート” したあと、マキオは当てつけるようにメンバーから距離を取り、スマホを弄っていた。

 これ見よがしに不機嫌さをアピールする子供じみた態度に、他のメンバーは完全に愛想を尽かしていたが、それよりも今は――。


「スマホが復活したのか!?」


 戦士ファイターのヤンビが叫び、自分のスマホの電源を入れた。

 Dチューバーダンジョン配信者な彼らは全員がスマートフォンとスマートウオッチ、そして大容量のモバイルバッテリーを携帯している。

 遭難中は節約のために持ち回りで利用していたのだが、もうそれどころではない。


 レンゲも壊すような勢いでパワースイッチを押し、起動の遅さに罵りたくなるのを必死で我慢した。

 そして立ち上がるや否やLINEを開き、安否を気遣う姉からの無数のメッセージを確認して、号泣した。

 探索者は諸々の問題から、家族関係が希薄な人間が多い。

 そうでなければ灰と隣り合わせの迷宮などに、そうそう潜れるものではない。

 だがだからといって、まったく孤独なわけもはない。

 家族でなくても、恋人や友人とのつながりを持つ者もいる。

 レンゲだけでなく、ホーイチも、ヤンビも、ゼンバも、リオも、己のスマホの中にそのつながりを見つけて、生きている喜びを――せいを実感した。

 しかしひとりだけ、そういった感動を味わえない人間がいた。


「この負け犬が!! 探索者になれなかった底辺が!! ルサンチマンが!!」

 

 スマホに向かって罵詈雑言を浴びせるマキオに、他の五人の高揚は一気に冷めた。


「ちょっと、大きな声出さないでよ」


 レンゲが眉を顰めて注意した。

 せっかくの感動を台無しにされた憤りもあったが、キャンプ魔除けの中とはいえ、迷宮で大声を出すなど狂気の沙汰だ。

 

「クソッ!! クソッ!! クソッ!!」


 レンゲを無視して、猛烈な勢いでスマホにメッセージを打ち込むマキオ。


「おい、よせ!」


 ホーイチがマキオのスマホを叩き落とした。


「なにしやがる!!」


「炎上に油を注ぐ気か!」


 凶悪な人相を向けるマキオに、ホーイチが怒鳴る。


「炎上? わたしたち、炎上してるの?」


「正確には俺たちじゃなくてマキオだな」


 レンゲが戸惑い、自分たちのチャンネルを確認したヤンビが吐き捨てた。


「わたし、こんな扱いされてたんだ……」


 やはりコメント欄を確認していたリオが、死んでいたときの自分がマキオにどんな扱いをされていたのかを発見して、顔を歪めた。

 同じく死亡していたゼンバに到ってはハッキリと敵意を込めて、マキオを睨み付けている。


「みんな、スマホの電源を切って」


 一触即発の気配が高まる中、レンゲが言った。


「まだ地上に戻れたわけじゃない。電池を大事にしないと。わたしが代表して全員の無事を書き込むから」


「おい、勝手なことをするな! リーダーは俺だぞ!」


「リーダーはパーティに貢献してくれる人を言うのよ! パーティに貢献させる人じゃない!」


 激高するマキオに、ピシャリと言い放つレンゲ。


「もうあなたには従えない。エバさんが戻ってきたら、わたしは彼女の指示に従う」


「俺もだ。付け加えるなら、生きて戻れたらパーティも抜けさせてもらう」


 ホーイチもレンゲに同調した。

 ホーイチだけでなくヤンビもゼンバもリオも、残る全員が同様の意思を示した。


「反乱を起こす気か!?」


 悪鬼のような形相でマキオが詰め寄る。


「そういう子供みたいなことを言うから信頼を失うんじゃない。パーティメンバーはあなたの奴隷じゃない。わたしたちにはリーダーを選ぶ権利がある」


「都合の良いときだけ権利を主張するのは卑怯者の常套手段だ。それならなぜあの時俺の指示に従って 宝箱チェストを開けた? 今の状況が俺のせいだっていうなら、あの時に俺をリーダーから外せばよかったじゃないか」


 罠の解除に失敗したのはおまえだろう――。

 レンゲの瑕疵かしを衝いて、マキオの表情に余裕が戻る。

 唇を噛んだレンゲに代わって、憤怒の表情でホーイチが前に出た。

 

「おまえって、本当に人の気持ちがわからない奴だな。あの時、自分がリーダとして顔を立てられたのがわかんねーのかよ」


 宝箱の開封を主張するリーダーと、反対する他のメンバー。

 リーダーは譲らず、解放に成功した際のメリットを縷々るると語る。

 こうなってしまっては自分たちのリーダーが折れないことを、五人は経験で知っていた。

 それでも反対すれば、迷宮の直中でパーティが崩壊してしまう。

 自身の不利益を承知で、集団の和を保つ。

 日本人の宿痾しゅくあともいえる思考だったが、探索中の仲間割れは悪手の中の悪手。

 絶対に忌避しなければならない事態だ。

 だがその最悪を回避するために採った妥協が、今のこの苦境を招いてしまった。

 

「おまえには他人の気持ちが、俺たちの気持ちがわからねえ。だからハッキリいう。おまえをもうリーダーにはしておけねえ」


 マキオにはわからない。

 なぜ自分がこんな非道な仕打ちを受けるのか。

 なぜ自分がパーティからならないのか。

 マキオにとって他人とは、自己を満足させるための存在でしかない。

 マキオがおもんぱかるのは常に自分だけであり、他人の行動から感情を類推する能力も経験も必要もなかった。

 代わりに自我が傷つかないように、己に都合のよい物語りを組み立てた。


「あの女に洗脳されたな」


「なんだって?」


「エバ・ライスライトに洗脳されたっていったんだ――目を覚ますんだ、みんな! これは罠だ! あの女は迷宮に挑む俺たちを利用して利益を得るつもりだなんだ! やりがい搾取なんだよ!」


(そうか。そういうことだったのか。だからこいつらは、俺を裏切ったんだ)

 

 マキオの中ですべてが繋がった。

 理想の物語りを見つけ出し、万能感が横溢し、テンションが一気に高まる。

 表情には自信が溢れ、言葉には力が戻り、目には異様な精気が籠もった。

 唐突に陰謀論を語り始めたマキオに、レンゲたちは化け物を見るような目を向け、ハッキリと恐怖した。


「な、なにをする気?」


 嬉々としてスマホを拾い上げたマキオに、レンゲが訊ねる。


「配信に決まってる! あの女の計画を暴露すれば視聴者リスナーも納得する。それを見ればみんなも目を覚ます!」


「やめて! いい加減にして!」


 レンゲはマキオに飛びついた。

 冗談ではない! そんなことをされたら、エバに見捨てられてしまう!

 彼女に見捨てられたら生きて還れない! お姉ちゃんに会えない!


「離せ、この馬鹿!」


「馬鹿はあなたよ!」


「おい、よせ!」


 もみ合うふたりに、他のメンバーが割って入る。

 その時ホーイチの足が魔方陣の外縁を踏み越えた。

 彼らを守っていた六芒星が明滅し、数瞬後に消滅した。

 

「GiYaaAaaaaaAaaaーーーーーーーーーーーー!!!」


 耳をつんざく金属質の鳴声が響き渡り、レンゲは恐怖に顔を上げた。

 何もいない。

 何も見えない。

 

 薄らぼんやりと見えていたはずの天井が、今はまったくの闇に包まれていた。

 

 死を運ぶ羽音が、パーティの頭上を旋回した。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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