第13話 希望は毒にも薬にも

『“ディヴァイン・ウィンド” が甦った』

『顔つきが違う。ゾンビ顔じゃなくなった』

『まさに命の水だなぁ』

『水飲んだからだけじゃないよ。エバさんと合流して希望が持てたんだ』

『それだ。希望が人間にもたらす効果がこれほどとは』


(なに脳天気なこと言ってるのよ。まだ助かったわけじゃないでしょ)


 ほんと、この視聴者リスナーたちにはイライラする。

 希望ですって?

 希望なんて、いつだって最後には裏切る軽薄な幻想じゃない。

 そんなもの信用してるなんて、本当に世間知らずな甘い奴ら。

 

(レンゲ、絶対に気を抜いちゃ駄目。希望になんてすがっちゃ駄目。地上に戻るまで頼れるのは自分だけよ。エバのことも信じちゃ駄目。いざとなったら全員――)


 スマホの中の妹に向かって強く念じたとき、レンゲたちの動きが止まった。

 先頭を行くエバが目の前に現れた巨大な扉に近づき、危険の有無を調べる。

 両開きで内にも外にも開く、迷宮特有の扉。

  宝箱チェストと違って罠が仕掛けられていることはないが、奥に潜んでいるかもしれない魔物たちが、罠そのものともいえる。

 この扉から四連続する一×二区画ブロックの玄室が、魔法禁止区域の最後の難関だ。

 扉に耳を当てていたエバが無音で離れ、指を三本立てる。


待ち伏せアンブッシュの気配!)


 考えてみれば当然だった。

 レンゲも、マキオも、ホーイチも、死んだ仲間を背負っている。

 これで気配を消して行動できる方がおかしい。

 魔物に気づかれて当然なのだ。

 ハンドサインを見たレンゲたちがそれぞれ背にしていた仲間たちを下ろし、武器を構える。


 エバは……。

 レンゲたちに掌を向けて待機を命じると、腰の雑嚢ざつのうに手を入れた。


(宝箱の罠を再利用したとかいう “とっておき” 。今度は何を使う気?)


 バンッ!


 扉を蹴り開けると、エバが雑嚢から取り出したそれを投擲した。

 蹴ると投げる。メカニズムのまるで違う動作を瞬時にやってのける身体能力。

 中学時代、陸上で四種競技をやっていたわたしには、その難しさがわかる。

 魔物が反応するよりも早く、再び扉を閉めるエバ。


(やっぱりこの娘、凄い)


 ジリリリリリリリリッッッッ!!!


 わたしの複雑な胸中を、玄室内から響くけたたましい “警報アラーム” が引き裂いた。


『ケイコと同じ手!』

『連続する玄室では最も有効な手段だ!』

『“警報” の罠をひとつ消費するだけで、上手くすれば隣りの玄室の魔物と共倒れにできる!』

『灰の道迷宮保険のマニュアルは優秀だな!』


 チャリン♪ チャリン♪ と、スパチャのSEが続いた。

 その耳障りなSEが掻き消されるほどの闘争音が、扉を通して轟く。

 “警報” の罠で呼び寄せられた魔物は周囲の存在に、問答無用で襲いかかる。

 隣り合う玄室の占有者たちが魔法の警報に幻惑され、狂気の抗争を繰り広げているのだ。

 やがてその音も徐々に小さくなり、最後には深閑とした迷宮が戻った。

 エバが慎重に扉を開けて、中の様子を確かめる。

 玄室は……血の海だった。


「“百人隊長レベル10ファイター” と “大大名メジャーダイミョウ” が争ったようですね……実力は拮抗していたらしく、こちらの狙い通りにどちらの集団も全滅しています」


《凄い……凄い! 凄い! 凄い! エバさん、凄い!》


 レンゲがピョンピョンと跳ねてエバを賞賛すれば、


《ほんと……まるで手品だ》


 ホーイチも呆けたような顔を浮かべた。


《わたしの主君だった上帝アカシニアス・トレバーン陛下はひとつの石で二羽の鳥を墜としたと言われています。こちらの世界にもふたつの桃で三人の勇士を倒す故事がありますね》


二桃殺三士にとうさんしをころす――梁甫吟りょうほぎんね》


 三国志が好きなレンゲが、顔をほころばせた。


(レンゲのこんな顔……久しぶりに見る)


 不意に憎々しい高ぶりを覚えた。

 わたしにしか許さなかった笑顔を見せたレンゲも、その笑顔を浮かべさせたエバも酷く不快だった。

 簡単に馴れ合って心を許し合う人間が、我慢できなかった。

 そして同様の思いに囚われたのがマキオだった。


《なかなか見事な策――と言いたいところだが、もしあの警報でさらに多くの魔物を呼び寄せてしまったらどうするつもりだったんだ?》


 論評に見せかけた、上から目線の当てこすり。

 自分が優位に立つために、大きな成功や長所よりも些細な失敗や短所に飛びつく。

 

《“警報” の罠が呼び寄せるのは一部隊だけよ。無限に湧き出るように感じるのは、空間が閉ざされて延々と遭遇エンカウント するせい》


 キッとした眼差しで、レンゲがマキオを睨む。

 これまで “強制転移テレポーター” を作動させた負い目から退いてみせてきたが、その素振りはもうない。


《上手くいったんだからいいじゃねえか》


 ホーイチの声にも険が籠もる。


《ふっ、そういうその場その場の浅慮な行動がいずれ窮地を招くんだ》


 


 レンゲとホーイチが唖然とするのが、スマホの画面越しに見て取れた。


《話をしている時間はありません。先を急ぎましょう》


 剣呑な空気が決定的な断絶になる前に、エバが進発を宣言コールした。

 熟練者マスタークラスの探索者であるエバは賢明だった。

 でもわたしは、そんな彼女がどうしても受け入れない……。


 そしてやはりエバは正しかった。

 四つ連続する玄室のうち魔物が巣くっていたのは二部屋だけ。

 エバは “警報” の罠をひとつ消費するだけで、危険な関門を突破してみせたのだ。

 さらに暗黒回廊ダークゾーンが点在する螺旋状の回廊を、区域エリアの中心に向かって足音を忍ばせて進むこと一〇区画。

 

《着きました。この先が “魔法封じアンチマジックの区域” から抜け出せる転移地点テレポイントです》


『おお、到着!』

『やっぱ、エバさんがいると安定感が全然違うな』

『魔法が使えなくても、ほとばしるほど強いからな。誰かさんと違って』

『マキオと比べるのはエバさんに失礼』

『つーかマキオ、あいつほんとにクズだろ。有能とか無能とかのレベルじゃねーぞ』

『俺、マキオ・ウォッチャーだけど、ここまで酷くはなかったんだけどな……今回はまったく擁護できない。“ナルシー・ボクゥ” と呼ばれて一部ではそのズレっぷりを愛されていたのに』

『凧型だな。風が吹いているときは調子に乗ってどこまでだって飛べるけれど、風が止んだら堕ちるだけ』

『ビックリするほど逆境に弱いもんな』

『“ディヴァイン・ウィンド” はもう終わりだろうな。レンゲもホーイチも完全に、マキオを見る目が冷めてる』

『まあ、この転移地点を抜けたら、目の前が縄梯子だ。魔法が使えるようになれば、あとはエバさん無双ですぐに還ってくるだろ。パーティの今後はそれからのこと』


 コメント欄が弛緩した書き込みで溢れる。

 エバのことはともかく、マキオについてはわたしもまったく同じ意見だ。

 あんなデタラメな奴に、レンゲを任せてなんておけない。

 レンゲが戻ったらすぐにでもパーティを抜けさせる。


(そろそろ迷宮街に行かないと)


 迷宮のある迷宮街の内郭へは、探索者ギルド都の迷宮課の許可のある人間しか入れない。

 迷宮の入口を見張る自衛隊の警衛所も、一般人は立ち入り禁止だ。

 外郭にあるホテルで待機できるようなお金はない。

 騒がしい飲食店やフードスペースなんかでは、妹の生死がかかった配信を視る気になんてなれないし、救出が長引いて閉館時間になれば追いされてしまう。

 なによりスマホの電池が持たない。

 結局安いだけが取り柄の狭いアパートで見守るしかなかった。


『アホのマキオはそれでいいとして、大事なこと忘れてねーか? ケイコのカメラが映らなくなってること、エバさんにどうやって知らせるよ?』


 そのコメントが、立ち上がり掛けたわたしを留めた。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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