第12話 レスキューセイント

『おお、間に合った!』

『さすがエバさん! 美味しいところを持っていく! そこに痺れる、憧れる!』

『いやぁ、相変わらず強いですなぁ!』

『ピンチからの鮮やかな大逆転。このカタルシスよ』

『これがあるからエバさんの配信はたまらない。とまらない。やめられない』

『EVA! EXCELLENT!』

『Yah! She is Amazing!』

『エバ! ( ゚∀゚)o彡° エバ! ( ゚∀゚)o彡°』


「……レンゲ……」


 コメントといいねとスパチャで沸き返るスマホの中で、レンゲが泣いている……。

 両手で顔を覆って泣いている……。

 抑えつけてきた恐怖や苦痛や自責や後悔が一気に溢れてきて、泣いている……。

 わたしも……泣いている……。


「……レンゲ……レンゲ……」


(……間に合った……間に合った……)


 涙で滲んで、レンゲの顔がよく見えない。

 でも生きている。

 まだ生きている。

 疲れていて、怪我もしているけど、まだ生きている。

 レンゲは……妹はまだ生きている。


《随分と遅い到着だな、エバ・ライスライト。君の所属する保険会社には、契約者ファーストという言葉はないらしい》


《あなたは契約者ではありません、マキオさん》


『うは! マキオぶった切られた!』

『マキオ一蹴!』

『エバさん、ナイス返し!』

『ナルシー・ボクゥ、あっさり返り討ち!』

『やっぱり契約したと思い込んでやがったか』

『こいつ、マジでなに言ってんだ?』

『マキオ・ウォッチャーじゃない視聴者リスナーには、嫌悪感しかないだろうな。だがこれがマキオだ』

『マキオはネタとして楽しむ鑑賞物。同じ人間だと思うと暗黒面ダークサイドに堕ちるぞ』


《あなたも、あなたのパーティも、我が社と保険の契約は結んでいません。わたしがここに来たのは、レンゲさんのお姉さんから彼女の救出を依頼されたからです》


《どういうことだ、マキオ! おまえ、エバさんと契約したって言ったよな!? パーティを代表して契約したって!》


《まさか……してなかったの?》


「……なんていい加減な奴……!」


 こんなデタラメな人間が存在するの?

 こいつのせいで、レンゲは……!


『マキオ、保険契約についてなにも分かってなかったか』

『引き出しが沢山あると豪語していたけど、その中に「一般常識」は入ってなかったらしいな』

『いや、これはもう常識の問題じゃないだろう。頭のビョーキの問題だ』

『つーか、レンゲたちもガバガバだな。普通確認するだろ』

『それな』

『そもそもマキオをリーダーにしている時点で、レンゲも、ホーイチも、ヤンビも、ゼンバも、リオも、程度の差こそあれヤバい連中』


「……ぐっ」


 勝手なことを……!

 レンゲをこんな奴と一緒にするな……!


《迷宮保険の契約は個人であれパーティであれ、正式な契約書にサインして初めて

強制力ギアスが発生します。言葉を交した程度では契約とは見なされません。――ですが、今その話はよいでしょう》


 コメ欄の非難の矛先がレンゲたちに向き始めたとき、エバが話題を変えた。

 もう電波が届かず、Dチューブは確認できないはずだが、それでコメ欄の荒ぶりは治まった。


《わたしたちは現在、地下八階の北東区域エリアにいます。この区域には魔法を封じる罠が全域に施されていて、呪文も加護も魔道具マジックアイテムも、水薬ポーションすら使うことが出来ません》


《地下八階……》


《魔法を封じる罠って……》


 レンゲとホーイチが、エバの言葉に絶句する。


《そ、それじゃエバさんも使えないの?》


《ええ、この罠は、周囲に存在するすべての魔法伝導物質エーテルを中和してしまうのです。その効果は大気中だけでなく生物や亡者の体内にまで及びます。再び魔法を使うには別の階層フロアに行き、新鮮なエーテルを吸い込む必要があります》


 震える声で訊ねたレンゲに、エバが説明する。

 

《こ、この階から出るまで魔法は使えないのか……》


 そのレンゲより震えているのは魔法使いスペルキャスターである、僧侶プリーストのホーイチだった。

 回復役ヒーラーである僧侶は加護が使えなければ、劣化戦士でしかない。


《ですから一刻も早くこの階から出なければなりません。わたしたちが今いる玄室はここです》


 そういうとエバは、雑嚢から羊皮紙の束を取り出し広げて見せた。


《『北西の北側と南西の西側に扉がある玄室』―― “17、11” が現在わたしたちのいる座標になります》


『そうか、扉の位置からマキオたちのいる玄室を割り出してテレポしたのか』

『地形照合だね』

『いまマップを確認したけど、扉がその配置の玄室はひとつしかないな。これなら、確かに跳べる』

『しかしまぁ、戦闘中のブレブレの映像でよくそこまでわかったな』

『さすがエバさん! そこに痺れる憧れるぅ!』

『エバ! ( ゚∀゚)o彡° エバ! ( ゚∀゚)o彡°』


《座標 “E15、N16” に、この区域から抜け出せる転移地点テレポイントがあります。 それを使う以外に、この区域から脱出する方法はありません》


《その転移地点に辿り着くまで、一×二区画ブロックの玄室が四つ続いてる》


《ああ、ここをどう抜けるかだな。運が悪ければ全部に先住者がいる》


 レンゲとホーイチが探索者の顔に戻って、地図を覗き込む。

 声の震えは消えていた。

 

《大丈夫です。先ほど使った手榴弾グレネードような武器が他にもあります。これは宝箱の罠を再利用したもので、“魔法封じアンチマジックの罠” の中でも効果があります。多数の魔物と遭遇エンカウント しても対処できるでしょう》


 気負いなく微笑むエバに、レンゲもホーイチも釣られて顔をほころばせた。


《すぐに進発します。食事を摂っている時間はありません。今はお水だけで我慢してください》


《充分だよ》


《ああ、空きっ腹の方が身体は動くから》


 手渡された水袋を、ゴクゴクと回し飲みするレンゲとホーイチ。

 エバと合流して脱出路を見いだせたことで、表情や動作に力強さが甦った。

 希望が甦った。


《さあ、あなたも》


《……》


 エバから差し出された水袋を、仄冥い表情で受け取るマキオ。

 その表情に、同様の仄暗い不安が浮かぶ。


《もうしわけありませんが装備を外しますね》


 麻痺パラライズしたヤンビの傍らに膝を折り、語りかけるエバ。

 板金鎧プレートメイルを着込んだ戦士ファイターを運ぶのは無理だ。

 兜を脱がせ、胸当てを外し、盾を捨てる。

 それでもロングソードだけは持っていくようだった。


《余計な装備品はすべて置いていきます。ゼンバさんはホーイチさんが、リオさんはレンゲさんが、ヤンビさんはマキオさんが背負ってください。周囲の警戒はわたしが当たります》


 エバがテキパキと指示を出す。


《どんな時でも落ち着いて衝動的な行動はしないように。冷静でいる限り悪巧みの資源リソースは無限です。迷宮・地上を問わず窮地を脱するにはそれしかありません》


 そしてレンゲたちは、再び歩き出した。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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