第11話 切願

(それ見たことか)


 “邪眼犬ゲイズハウンド” の爪を受け麻痺パラライズした戦士ヤンビを見て、マキオは満足した。

 迷宮では一瞬の判断の迷いと過ちが、窮地を招く。

 麻痺した仲間への憐憫れんびんや、その窮地に自分もいることなど頭にはない。

 自分の判断は正しい。

 間違うのは他人。

 それが証明され、束の間の一瞬、マキオは幸福だった。


「ヤンビ!」


 レンゲの悲鳴が響く。

 これで動けるのは戦士ファイターのマキオと盗賊シーフ のレンゲ、僧侶プリーストのホーイチのみ。

 仲間の死体を捨てられなかったがために、逃走の機会を逸してしまった。


防円陣サークルフォーメーションだ! こうなれば全滅するかさせるかだ!」


 意気高らかに、マキオが指示を出す。

 マキオは自分がここで死ぬとは露ほども思っていない。

 なんの根拠もなく、自分だけは切り抜けられると考えている。

 むしろ自分の力を示せるチャンスに浮き立っていた。

 リオとゼンバの死体。そして麻痺して動けないヤンビを守って、行動可能な三人が円陣を組む。レンゲとホーイチにしてみれば組むしかない。

 

「残りは四匹、多くはない! 正面にきた一匹を確実に仕留めれば生き残れる!」 


 にはマキオの言葉は正しく聞こえる。

 だが――。


(それなら最初からそうするべきだった!)


 レンゲは憤った。

 途中で逃げ出すなんて中途半端なことはせず、全滅させるまで戦うべきだった。

 臨機応変といえば聞こえはいいが、パーティに死人がいるような戦闘での方針転換は危険だった。

 通常時には問題ない判断や反応ができず、往々にして混乱を招く。

 最初から腹をくくって戦っていれば、ヤンビもまだ剣を振るえていたはずなのだ。

 首尾一貫しない、その場その場での動き。

 たとえ迷宮でなくても、学校や職場であっても、自滅に繋がる行動ムーブだ。 


 それでも残った三人は奮戦した。

 麻痺毒を持つ牙や爪をかわし、盾受けパリィし、体勢の崩れたところに得物を叩き込む。

 不和を抱えていてもネームドレベル8の古強者たちだ。

 数に差が無ければ、モンスターレベル4の “邪眼犬” に後れは取らない。


 戦士のマキオは二匹を同時に相手取った。

 ロングソードが一匹の喉を貫き、絶息させた。

 飛びかかってきたもう一匹を、盾で叩き落とす。

 これで数の上では同数。

 冷静にミスなく対処すれば勝てる。


「いいぞ! その調子だ!」


 マキオの声が弾む。

 この危機を凌げばパーティメンの失態をカバーしたリーダーとして、視聴者リスナーからの評価はまた高まるだろう。

 喉から手が出るほど欲し続けたが、終ぞ手に入れることが叶わなかった他者からの評価。賞賛。羨望。

 学生生活でも社会でも手に入らなかったそれらが、迷宮ここでは手に入る。

 最高だ。

 最高だ。

 迷宮は最高だ。

 取らぬ狸の皮算用だった。


 同数になった魔獣の背後から、さらに五匹、もうさらに五匹、さらにさらに五匹と現れる新手の “邪眼犬” 。


「な、仲間を呼びやがった!」


「違う、こいつらは仲間は呼ばない! 後続よ!」


 第二の群れグループ、五匹。

 第三の群れグループ、五匹。

 第四の群れグループ、五匹。


 “邪眼犬” は複数の群れで、ひとつの大きな集団を成すことがある。

 第一の群れで獲物の戦力を削り、残りの群れが胃袋を満たす。

 闇中から様子を窺っていた主力が、獲物の疲弊を嗅ぎ取り姿を現したのだ。


「じゅ、一五匹もいやがる!」


「駄目……もう逃げられない」


「だからあの時、逃げるべきだった! 死人にこだわったせいで、生き残った人間も死ぬ! 迷宮では時に非情な判断を下す必要があるんだ!」


 マキオが正論で殴りつける。

 肥大した自信が厳しい現実に砕かれるのは、過去にも何度となくあった。

 マキオに自省や克己という理性は存在しない。

 あるのは自己肯定の本能だけだ。

 その本能は自我が傷つけられたとき、衝動的な防衛行動として噴き出す。

 マキオは仲間を攻撃することで自分を守った。

 これまでにもそうしてきた。

 もちろんなんの解決にもなりはしないが、マキオにはなによりも重要だった。


 レンゲもホーイチも、答えない。

 今さら謝罪したところで意味はないし、その意思もない。

 ふたりともマキオには、とうに愛想を尽かしている。

 目の前の絶望と向き合うのに精一杯で、自己愛を拗らせた子供など気に掛けている余裕はない。


(……お姉ちゃん……)


 レンゲは胸の内でひとつ違いの姉を想った。

 それは死を受け入れての呟きではなかった。

 そんな覚悟などあるわけがない。

 あるのはただただ恐れと、後悔。

 身体がガクガクと震え、冷水に浸した手で心臓を鷲掴みにされるような感覚。

 死にたくない。死にたくない。

 生きたい。生きたい。

 助けて。助けて。

 お姉ちゃん、助けて。


 魔法風が吹き抜け、量子の光が爆ぜた。

 パーティと “邪眼犬” の群れとの間に出現した白い影が、反応する間も与えずに、魔獣が最も密集している箇所に何かを投げつける。

 閃光と轟音。

 逆巻く紅蓮の炎。

 猛炎に炙られながら、爆散し千切れ飛ぶ “邪眼犬” たち。

 宝箱から回収した “爆弾ボム” の罠から作られた手榴弾グレネードが、半数あまりの魔獣を一挙に屠った。

 怯え竦む残敵に向かって、白い僧服をまとった少女が電光石火の機動で追撃する。

 容赦なく振るわれる戦棍メイスに、瞬く間に殲滅されていく “邪眼犬” 。

 牙を剥き反撃する個体もいたが、最高級の魔法の防具で身を固めた彼女を傷つけることなど出来はしない。

 仮に毛一筋ほどでも傷つけられとしても、僧衣の下に秘められた紫色の護符アミュレットが、麻痺を含めたあらゆる特殊攻撃から持ち主を守っている。


 魔獣の群れにとって彼女は、突然沸き起こった天災だった。

 牙も爪も毒も通じない、白い暴嵐テンペスト

 圧倒的で、容赦なく、苛烈であるが故に慈悲深い。

 嵐が止んだとき一八匹の “邪眼犬” は、ことごとく駆逐されていた。

 

 ビュッと戦棍に血振りをくれると少女が、パーティ “ディヴァイン・ウィンド ” に向き直った。 


「レンゲさんですね? あなたのお姉さんに依頼されて助けにきました」

 

 エバ・ライスライトの言葉に、レンゲの瞳に涙が溢れた。

 妹の切実な願いはずっと以前に、姉に届いていたのだ。

 


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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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