第14話 聖女の限界
「縄梯子! 縄梯子だ!」
二
背負っているリオの重さも忘れて、レンゲの顔もほころぶ。
エバはしきりに顔を動かし、周囲の様子を窺っている。
「なにをそんなに気にしてるんだ?」
エバのことが気になって気になって仕方ないマキオが、ここぞとばかりに訊ねた。
気に入らない相手に喧嘩を売らせてやりこめるための、挑発の口調。
マキオの常套手段だ。
「空間の歪みがないか確認していたのです。この
「
エバが勤務する保険会社『灰の道迷宮保険』の社長が、
君主は認定に必要な能力値が非常に高い
世界を見渡してもこの社長以外に存在は確認されていない、戦士の職に就く者なら誰もが憧れる聖騎士だった。
当然マキオも憧れている。
憧れるどころか渇望している。
自分が欲している姿、自分がコンプレックスを抱いている存在、自分の弱点などを鏡に映すかのように口撃するのは、マキオだけでなくマキオと同じ病根を抱える者の特徴だった。
自分がなりたくてもなれない君主であるエバの社長を貶めることで、マキオは己の精神を守る。
「ええ、ですから空間の歪みを確認したのです。通常の空間で対峙するなら熟練者の前衛にとって “翼竜” は怖ろしい相手ではありません――ですが空間の歪みを味方に付けたときの “翼竜” は、場合によっては “
「空を……飛べるからね」
「そのとおりです」
レンゲの言葉にうなずくエバ。
「“翼竜” は蒼穹の覇者。制空権を握ったときの彼らは、空を飛べない人間にとって恐るべき存在と化します。同じく天空の王者である “ニューヨーク迷宮 ” の “
「な、なるほど……!」
ホーイチが強ばりまくった顔で納得する。
「そう緊張しないでも大丈夫です。ほら天井が見えますよね? 空間は通常です」
エバは微笑み、それでも周囲に気を配りながら縄梯子の下まで一行を導いた。
「よく頑張りましたね。すぐにキャンプを張りますから休息を摂ってください」
途端に糸の切れた操り人形のように座り込むレンゲたち。
エバは自身が清めた聖水で、彼女らを内側に魔除けの六芒星を描いた。
これでここから出ない限り、魔王でも彼らを傷つけることは出来ない。
それが迷宮の
それからエバは背負い袋に詰めてきた食料と水を人数分配った。
飢渇に苦しんでいたレンゲたちは貪るように食べた。
彼女たちの食欲が一段落するのを待ってエバは、
「ホーイチさん。食べてすぐに恐縮ですが今からわたしと縄梯子を上ってください」
と、ゲップを漏らし人心地ついた様子のホーイチに告げた。
「七階に上って中和されてしまった
「OK! 行こうぜ!」
ホーイチは快活に立ち上がった。
本来は明朗闊達な体育会系の性格であり、パーティへの仲間意識も高い。
加護を嘆願できるようになれば、傷ついている仲間を癒やすことができる。
「一緒に行かなくてもいいの?」
「地上へはこの階にある
体内にエーテルを満たして戻ってくるだけなので、
エバはもちろんだったが、食い物を腹に収めたホーイチは
レンゲが立ち上がって、ふたりの姿を見送る。
マキオはスマホに齧り付いていた。
自分たちのチャンネルや匿名掲示板を確認したが、今だ電波の範囲外だった。
一〇分も経たないうちに、レンゲたちの近くで再び量子光が爆ぜた。
時間を惜しんだエバが “
「復活したぜ! ヤンビ、今治してやるからな!」
再び魔力を得たホーイチが
「たった一〇メートルの移動に “転移” を使ったのか。魔力の無駄遣いだな」
息を吸うようにマキオが蔑む。
「わたしは “転移” が無限に使える
一蹴され二の句の継げないマキオを無視すると、エバは並べられたゼンバとリオの足下に立ち、蘇生の準備を始めた。
今はなによりパーティを立て直さなければならない。
目を閉じ、精神を統一する。
蘇生の成功率を高めるため、“聖女” の恩寵を発動させる。
豊かな黒髪が輝く
立て続けに嘆願される “
男神に帰依する聖職者からは “
戦士のゼンバと
畏怖するしかなかった。
エバの表情にも、さすがに疲労が滲んでいる。
それでも再び背負い袋から水と食料を取り出し、ヤンビとゼンバとリオにそれぞれ手渡した。
有名な迷宮保険員がいることで、ゼンバとリオは自体を把握したのだろう。
質問は取りあえずおいて、蘇生によって膨大なエネルギーを消耗した身体に食料を詰め込んだ。
そこまでしてからエバは、自分も水を一口含んだ。
「申しわけありませんが、わたしはこれからもう一度 “
「なんだよ、それ。依頼人を放っておくのか? 随分と無責任だな」
すかさずマキオが非難する。
「ケイコさんは我が社の社員ではありません。あなた方の窮地を見て協力を申し出てくれたボランティアです。見捨てるわけには絶対にいきません」
「それなら先に “転移” で俺たちを地上まで運ぶのが筋だろう。何度も使える永久品なんだから」
「“転移” の魔法で跳べるのは一度に六人までです。それ以上になると魔導方程式の精緻な再計算と書き換えが必要で、熟練した魔術師や
エバは揺るぎのない瞳でマキオを見た。
それでもマキオは反論しかけた。
討論こそ望むところだ。
徹底的に論破して自分の正しさを証明してやる。
だがマキオの目論見は、レンゲによって簡単に挫かれた。
「わかった。エバさん、行って」
「おい!」
「彼女はわたしの姉の依頼で来てくれたのよ。あなたと契約しているわけじゃない。契約者でもない人間にどうこういう権利はない」
正論でぶったたかれる屈辱に、マキオの顔がドス黒く染まった。
「それにエバさんの言うとおり、わたしたちには話し合いが必要よ。リオもゼンバも生き返ったばかりで状況がわからないでしょうし……」
なにより、パーティの今後。
特に指揮権を明確にしなければならない。
もっといえばマキオをリーダーから外して、エバを臨時のリーダーにする。
そうしなければ自分たちは生きて地上に戻れない。
レンゲはマキオを睨み返しながら、強く思った。
「キャンプを解かない限り安全です。戻るまで絶対に動かないでください」
言い残すと、エバは大魔女から譲り受けた
転移先は順に、
“
“E10、N5”
“E10、N1”
三カ所。
それぞれに
そしてDチューブを介して
さらに “
状況を把握したエバは四度護符の力を使って、ケイコが最後に確認された座標へと転移した。
エバ・ライスライトは優れた迷宮探索者だ。
冷静で柔軟な状況判断。
適切で無駄のない段取り。
人間の心理に通じ、駆け引きにも長ける。
知力と体力と胆力を兼ね備えた、迷宮サバイバル術の
だがその彼女をして、理解しきれなかった存在があった。
彼女は探索者であって、精神科医ではなかった。
マキオが地上と繋がったスマホで、匿名掲示板の自分のスレッドを見てしまった。
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ご視聴、ありがとうございました
第一回の配信はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757
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エバさんが大活躍する本編はこちら
https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742
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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!
エバさんの生の声を聞いてみよう!
https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj
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