第9話 二元中継★

「……三つ目の玄室にも気配なし……」


「次の

『北西の北と南東の南に扉がある玄室』or『北東の東と南西の西に扉がある玄室』

 まで、関係ねえ玄室を三つ越えねえとならねーな。先はなげーぜ、ゲロゲーロ」


「その全部に魔物が巣くってるわけじゃないでしょ」


「巣くってるかもしれねーだろ、ゲロ」


「……」


「……」


「「……」」


「ま、まぁ、この際、悪い方に備えつつ良い方に考えるのがベストだゲーロ」


「これ以上ない的確なアドヴァイス、ありがとう――次の扉を調べる」


「後方一八〇度、三時から九時方向に魔影なし。いいぞ、ゲロゲロ」


「……」


「……」


「……」


(……どうだ、ゲロ?)


(……何も聞こえない)


(……なら可能性はふたつだな。どっちに賭けるよ、ゲーロ?)


(……空き室ならラッキー。息を殺しての待ち伏せアンブッシュなら先手を取られる危険がある)


(……“魔術師” や “僧侶” なら驚かされてもなんとかなるかもしれねーが、“忍者” や “邪眼犬ゲイズハウンド” だとマズいぜ。致命の一撃クリティカル麻痺パラライズを喰らっちまったら単独行ソロはそこで、『残念なことに君の冒険はここで終わりだ』だ、ゲロ)


(……気配はないけど、嫌な感じがする……アドヴァイスあるなら聞くけど?)


(……ラッキーだったときにアンラッキーになっちまうからベストじゃねーけどよ、こういうときは、ゲロゲーロ……)


◆◇◆


 カエルとのヒソヒソ話を終えると、ケイコは腰の雑嚢ポーチに手を差し入れた。

 取り出したそれを僅かに開いた扉の隙間から投げ入れると、すぐにまた閉ざす。

 直後に大きな破裂音がして、扉越しに複数の魔獣の狂ったような吠え声が響いた。


「な、なんなの……?」


《この鳴声、隣の玄室には “邪眼犬ゲイズハウンド” が巣くっていたようですね》


『“邪眼犬” !  初見のMOBじゃん!』

『名前からして特殊攻撃もってそう!』

『“ゲイズハウンドって” 、“バジリスク” の異名だったはず』

石化ストーンもちかよ!』


《仰るとおりですが、この迷宮の “ゲイズハウンド” は “バジリスク” とは違います。持っている特殊攻撃は石化ではなく麻痺毒で、“小王蛇バジリスク” の方は “女王蛇メデューサ・リザード” という名前で別に生息しています》


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330668117558108


《どうやらアンラッキーで魔物がいてラッキーだった無駄にならなかったみたい》

 

 エバと視聴者リスナーの会話に、ケイコの声が重なった。


《おーおー、苦しんでる苦しんでる、ゲロゲーロ。“ポイズン” は割合ダメージだゲロ。この様子じゃものの数分で片が付くぜ、ゲーロ》


「……毒?」


《ケイコさんは “ガス爆弾”を投げ込んだのです。玄室に魔物がいなければ無駄になっていたところですが――今回は読みが当たったようです》


 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪

 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪



 スパチャの音が鳴り止んでから数分後、ケイコが動いた。

 揮発性だけど、それでも残留しているかもしれない毒ガスを吸わないように口元を抑えながら、扉の奥に足を踏み入れるケイコ。


 高感度カメラが捉えた玄室内は……酸鼻を極めた。

 口から血の混じったピンクの泡を噴いて悶死している、何匹もの魔犬。

 のたうち回りながら失禁した挙げ句、息絶えたのだろう。

 床のあちこちに尿と思しき液体がまき散らされているのが見える。

 

《五匹か。驚か先制されてたら、十中八九終わってたな、ゲーロ》


《でもこれで “魔術師殺しメイジブラスター” に続いて “ガス爆弾” も使っちゃった……》


《宝物を抱えて死ぬのは間抜けのやるこった。今は出し惜しみしてるときじゃねえ、ゲロゲロ》


《そうね――次、行くよ》


《ゲロッパ》


◆◇◆


「よし、次に行くぞ」


 進発を宣言コールした直後、マキオは何を思ったかレンゲを見た。


「――運良く出発直後のこの玄室には、魔物がいなかった。だが次の玄室が安全とは限らない。慎重の上に慎重を重ねる心構えが必要だ」


 唖然とする仲間たち。

 マキオが見ていたのはレンゲではなく、レンゲの着けているヘッドカメラだった。

 自分たちのリーダーは脱出行のLIVE配信だけでは飽き足らず、までするつもりなのだ。


 しかしレンゲたちは誰も反対しなかった。

 反対しても無駄だとわかっていたし、この期に及んで他のメンバーにも生還以外の欲が頭をもたげていた。

 この映像が上手く視聴者に届いていれば、同接数もスパチャもこれまでの配信とは比較にならない数に上っているはずだ。


 自分たちは――自分はなんのために迷宮に潜っているんだ?

 有名Dチューバーになって、金を稼いで、自分を受け入れなかった社会を、世界を見返すためじゃないのか? 

 ここまで苦しい思いをしてるんだ。

 それを活かすべきだ。

 活かさないでどうする。

 活かさないなんて許せない。

 この苦しみを絶対に無駄にしてはならない。


「ゼンバとリオはそれぞれヤンビとホーイチが担いでいる。魔術師メイジ のリオの法衣ローブはそのままだが、ゼンバの装備はみんな打ち捨ててきた。いくらヤンビが戦士で体力があるとはいえ、板金鎧プレートメイルを着たゼンバを背負っては動くのは不可能だからだ。身軽な俺とレンゲがふたりを守りながら進んでいる――レンゲ、次の扉を調べてくれ」

 

 一通り説明を終えると、マキオが指示を出した。

 言われるがまま、レンゲが次の玄室に通じている扉を調べる。

 罠の有無を確認し、施錠されてないかを調べ、扉に耳を当てて玄室の物音を探る。


「どうだ?」


「わ、わからない。なんの音もしないし、気配も感じない。でも……」


「でも? でもなんだ?」


「なんだか……嫌な感じがする。もしかしたら待ち伏せアンブッシュかも」


「不安な気持ちがそう思わせてるんだ。『オッカムの剃刀』。気配がないなら魔物もいない。素直にそう解釈するべきだ――突入するぞ」


 マキオは若干いらついたように、レンゲの意見を無視した。

 すべての事象を自分に都合良く解釈するのがマキオだ。

 時として他人の目には、それが自信に溢れたポジティブな人間性と映ってきたが、長く付き合ううちにボロが出て誰もが皆、マキオから離れていった。

 しかし迷宮では離れることはできない。


 バンッ!


 ハンドサインで三つ数えたあと、マキオは扉を蹴り開けた。

 両開きの扉が玄室の内側に勢いよく開くと、体勢を立て直したマキオが長剣と盾を手に飛び込んだ。

 レンゲが続き、さらに仲間の死体を担いだヤンビとホーイチが後続する。

 すぐに低い唸り声が、マキオたちを取り囲んだ。

 緑色の体色を持つ、犬にも蛇にも見えて見えない魔獣が五匹。


 マキオたちは、待ち構える “邪眼犬” の群れの直中に飛び込んでしまった。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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