第8話 ナルシシスト

「エバ・ライスライトは来ない。彼女は俺たちを見捨てた」


 マキオが土気色の表情で座り込む、三人の仲間に言った。


「持参した食料と水は三日分。ここまで節約してきたが、死んだゼンバとリオの分を合わせても残りわずかだ」

 

 リーダーであるマキオの言葉は、生き残っている三人のメンバーの心にいささかも響かなかった。

 消沈した心を、なおさら萎えさせただけだった。

 わかりきったことを、さも自分だけが理解している風に話すのがマキオだ。

 それを受け入れる信頼は、すでに失われている。


「だから動けるうちに動く! 脱出するぞ!」


 奇妙な精気を瞳に宿らせ、マキオが立ち上がった。

 置かれた状況の困難さ、己の力量、成功の可能性――。

 そういった要素を、マキオのは至上の幸福感と共に解き放たれる。

 マキオを突き動かし続けているこの特殊な自我は、飢えた獣が獲物を求めるよう、常に飛び出す機会をうかがっていた。

 聖女エバ・ライスライトとパーティを救い、賞賛を受けるという当初の計画は、あっさりと忘れ去られていた。


「……わたしは、もう少し待った方がいいと思う……」


 冷たく苔むした壁際で膝を抱いたまま、レンゲが呟く。


「……きっとエバさんはそこまで来てるよ……」


 彼女はパーティ最年少の一七才の盗賊シーフ

 愛らしい顔立ちだったが、額や頬に飛び散った血が拭われないまま固まり、瘡蓋かさぶたのようにこびり付いている。

 疲労困憊な表情と合わせて、みすぼらしい老婆に見えた。


「確証はあるのか? 証拠を示せるのか?」


 マキオが見下ろしながら畳みかける。


「……助けが来てないっていうおまえの意見だって、確証なんてないだろ……」


 やはり座り込んだまま、僧侶プリーストのホーイチが呟く。


「ならおまえはその助けがくるまで、食料と水が持つっていうんだな?」


 相手の論理の弱点を見つけて突くのが、マキオは大好きだった。

 自分の正しさ・優秀さを誇示し優越感に包まれることこそ、マキオにはなによりも重要なのだ。

 そこに仲間や友人への配慮はなく、そもそもマキオには仲間も友人も言葉のあやでしか存在しない。

 当然、ホーイチは答えられない。


「このまま座して死を待つわけにはいかない! 自分の運命は自分で切り拓くんだ! 死中に活を求めて俺たちは―― “ディヴァイン・ウィンド” は全員で生還する!」


 結局は、自業自得なのだ……とマキオを除く三人は諦観ていかんした。

 この一見すると自信に溢れた態度に乗せられて、こんなところまで来てしまった。

 リーダーに選んだ男の中身が、陶器の人形 デルフトのように空っぽだと気づかなかった。

 いや薄々は気づいてはいたが、目を瞑り迎合してしまった。

 すべては人を見る目がなかった自分の落ち度。自己責任。

 三人はマキオとは対照的な精気のない、緩慢な動きで立ち上がった。

 その姿は、まるで幽鬼のようだった。


◆◇◆


《――さあ、行くぞ! “ディヴァイン・ウィンド” 、出発だ!》


「ちょっとなに考えてるのよ、この馬鹿っ!」


 カメラに向かって力強く宣言したマキオに、激しい罵声を浴びせる!

 なに考えてるの、コイツ!?

 状況がまるでわかってない!

 仲間の死体をふたりも担いで、怪我の治療もできてない状態ステータスで、ケイコみたいに “魔法封じアンチマジックの罠” の中でも戦える準備もない状況で、どうして動けるのよ!?


『これって、マズくね……?』

『衝動的に動くのがマキオ。自分が目立てればそれでよいのがナルシシスト』

『二枚舌でダブスタ。前後の言動に一貫性がないのはいつものことだとはいえ……』

『いくら配信しても反応が届かないから焦れたな』

『馬鹿は迷宮に潜るなの生きた見本だったが、このままじゃ死んだ見本になる』

『エバさん、どうするの!?』


《とてもよくない状況ですね……マキオさんには動いてほしくはありませんでした。

地下八階の北東区域エリアは、玄室が螺旋状に配置されています。彼らが時計回りに進めばケイコさんと出会え、反時計回りに進めば終点にある転移地点テレポイントに行き着けますが……いずれにせよパーティの状態を鑑みるに、魔物と遭遇エンカウント すれば全滅しかねません。そうなれば魔法が封じられている区域で、六人もの遺体を回収するのは至難です》


「…… “転移テレポート” の呪文が使えない……」


 わたしは呆然と呟いた。

 “転移” の魔法が使えない以上あとはもう、一人ひとり運び出すしかない。

 でもそれは危険な魔物が巣くっている “魔法禁止区域” では、不可能に近い作業。


「止まれ! 止まれ、この馬鹿っ! そこを動くな! ――レンゲ、あんたもなんか言いなさいよ! そいつを止めるのよ! お願いだからマキオを止めて!」


 スマホに向かって必死に訴える。

 でも画面に映るレンゲは亡者のようで、まるで力が感じられなかった。

 ひとり異様なテンションで先頭に立つマキオと、付き従う虚ろなレンゲたち。


(こんな状態で生きて還れるわけがない……)


《今は動きようがありません。彼らの運気ラックに託すしかないでしょう》


 予感に恐怖するわたしに、エバの声が遠く響いた……。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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