地下八階

第5話 ゲロッパ!

《八階に着いた。状況ミッション開始だよ》


 再出現テレアウトしたケイコの声を、ヘッドカメラのマイクが拾う。

 対象者(物)を重力子に分解し、次元回廊ワームホールを通じて他の空間に送り込む、魔術師系第七最高位階の呪文 “転移テレポート

 エバ・ライスライトを除けば、世界広しといえどもこの呪文を経験しているのは、ケイコだけらしい。

 他の経験者は皆『死体袋』に詰められたうえでの話らしいので、そう言われるのも間違いではないのだろう。

 

《南北に伸びる回廊の真ん中に立ってる。北に一区画ブロック進んだとこに扉が見える。南は一区画先で内壁に突き当たって西に折れてる。再出現したのはイメージしたとおりの場所だ。確認のために “示位の指輪コーディネイトリング” を使ってみる。ここが予定してた座標なら……我の居場所を示せデュマ・ピック

 

 ケイコが左手に嵌めた指輪に呟く。


《うん、“しっぱい!” した。魔道具マジックアイテムが使えない。ここは “魔法封じアンチマジックの罠” の区域エリアで間違いない。“転移” は成功だ》


 と魔法封じの罠の有無から、目標の座標に跳べたと判断したようだ。


《現在の座標を “19、12” として状況を開始する》


『おお、なんか頼もしいな、ケイコ』

『世界に向かってゲロ吐き配信をしたとは思えん』

『今レベル7だから、あれからもう2レベルも上がってるのか』

『次で古強者ネームドか。化けたな』

『Dチューバーになりなよ。チャンネル登録するよ』


 応援のつもりなのか。

 視聴者リスナーたちの勝手な声がコメント欄に流れるが、地上からの電波は届かないので、ケイコがリアルタイムに確認することはできない。

 

《この先は二×二の玄室がいくつも続きます。マキオさんの動画を確認したところ、『北西の北と南東の南に扉がある玄室』or『北東の東と南西の西に扉がある玄室』に立て籠もっているようでした。条件に当てはまるのは五部屋。一部屋ずつ調べていくしかありません》


 エバの補足が入る。

 彼女は地下一階の始点でキャンプを張り、ケイコの様子を見守っている。

 ケイコがレンゲたちを見つけ出して “魔法封じの区域” から連れ出したら、自身もすぐに “転移” で跳んで彼女たちと合流する手はずになっている。

 魔法が使えるエバが合流できさえすれば、レンゲが生きて戻れる可能性は何倍にも跳ね上がるはず。


『マッピング始めた』

『俺も始めた。ここは相当難易度が高そうで燃える』

『マッピングマニアの血が滾ってるなw』

『俺、マッピング苦手だ……』

『エバさんが見せてくれた地図をキャプチャして、3D迷路用のマッピングアプリで清書したんだけど、需要あるならURL貼るけどいる?』

『いる』

『いる』

『クダサイ』

『仕事早いな。GJ!』


《これから扉を調べる――周りを見ててよ》


(え? 誰に向かっていってるの?)


『なんだ? 俺たちにいってるのか?』

『いや、カメラはヘッドカメラだけだし、そもそもリスナーからの警告は届かない』

『ケイコ以外に誰かいるのか?』

『いや、テレポしたときはひとりだったぞ』


 わたしと視聴者の疑問はすぐに解けた。


《ゲロゲーロ!》


 いきなりカメラに割って入ってきた、小さな物体。

 背負っていた銀色にかがやく円盤を床に置くなり上に飛び乗って、前足を左右に振って “イェィ!!!・・・” と甲高い声を発しながら踊り始めた、赤と青の派手な模様のケープを羽織った “カエル” の置物スタチュー……。

 金属製なのにまるで命を吹き込まれたみたいに喋り、ノリノリで踊っている……。


《よう、オイラはジョン・ゲロボルタ! 見てのとおりの “命を吹き込まれた物アニメーテッド・オブジェクト” だゲーロ! 最近、相棒のクマ公ばかりが目立ってるんで、面白くねーぜゲロゲーロ! あいつが置物初のピューリッツァ賞なら、オイラは初のグラミー賞だゲーロ!》


『カエルの置物、キタ━(・∀・)━!!!!』

『今度はカエルキタ━(・∀・)━!!!!』

『うは、カエルおk!』

『熊の次は蛙かよw』

『そりゃ、クマの置物が動くなら、カエルの置物が動いても不思議じゃないわな』

『いや、そもそも置物が動くこと自体が不思議なんだが……』

『不思議が当然の地下迷宮だから……』


《ちょっと邪魔! あんたは後ろで警戒して!》


《ゲロッパ!》


 ケイコに一喝されたカエルのゲロ……ボルタは再び銀の円盤を背負い、カメラから消えた。

 そして……。


《よっと――これでどうだゲロ? 見えるかゲーロ?》


 送られてくる映像がふたつに増えた。


《クマ公のと同じカメラドローン用のCCDカメラとマイク、それに送信機ゲーロ。これでオイラも実況できるゲーロ》


 見張りそっちのけで実況を始める……ゲロボルタ。

 ケイコのヘッドカメラが彼女の視線オンリーなので、罠なんかを調べてるときでも周りの状況が見えるのはいいとは思うけど……。

  

《ゲロッパ!(ゲロゲロ!) ゲロッパ!(ゲロゲロ)!》


「見張りながら踊るな! 画面がブレるでしょ!」


(ゲロケイコにゲロボルタだなんて――エバ、あんた狙ってやってるでしょ!)


 突然現れたカエルの緊張感のなさに、歯ぎしりする。

 しかし迷宮から遠く離れコメントも届かないとあっては、本当にただ歯ぎしりするしかない。


《OK……たぶん、魔物はいない。乗って》


《ゲーロ》


 ゲロボルタはさすがカエルという跳躍力でピョン!と、ケイコの背嚢リュックに飛び乗り、潜り込んだ。そして中からカメラだけを彼女の後方に向けた。


《背中はオイラが見張っててやるから思いっきりフィーバーしていいぜ、ゲーロ》


《おあいにく。今日はあんたの大嫌いな隠密スネークなのよ。せいぜい丸呑みされないように静かにしてて》


 ケイコはニヤッと笑うと、慎重に扉を押し開けた。

 きしみ音も最小限に僅かな隙間を作り、いつの間にか取り出していた検査鏡で玄室を探る。

 カメラに映り込んだ鏡は暗く、中の様子はよくわからなかった。

 やがて鏡をしまうとケイコは、スルッと玄室に入って身構えた。

 逆手に構えた短剣ショートソード の切っ先がキラリと光る。


 一秒……二秒…………一〇秒……二〇秒。

 

 何も……起こらない。

 魔物のうなり声も、襲いかかってくる様子も、ない。

 そして助けを待つパーティの、息を殺す気配も。

 最初の玄室に……レンゲはいなかった。



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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