第6話 魔術師殺し★

 ケイコは薄氷を踏むような慎重さで、線画の迷宮を進んでいる。

 ヘッドカメラからの映像がぶれない。

 身体が上下しない歩き方は、見る者が見たら凄いのかもしれない。

 レンゲの歩き方に似ていた。

 先行していたパーティが相次いで全滅・離脱したため、探索者一の盗賊シーフ になった妹レンゲ。

 そのレンゲも今は、迷宮の奥底で助けを待つ身。


(わたしにエーテル耐性さえあれば)


 これまで何度となく繰り返してきた、歯ぎしりする思い。

 自分が迷宮に潜れるなら決して、絶対に、妹をこんな場所に行かせなかった。

 でも現実は、レンゲがわたしの代わりに潜っている。

 運も、才能も、想いも、どこまでいっても噛み合わないのが、わたしたち姉妹だ。

 

《どうやら魔物がいるようです》


 ケイコから映像に、一階の始点でキャンプを張るエバの声が重なった。

 ふたつ目の扉に耳を当て中の気配を探っていたケイコが、ゆっくりと後ずさった。

 そして一本だけ、人差し指を立てる。


《魔物の気配あり。ただし騒々しい大群でも、息を殺してのアンブッシュでもなく、少数ないし一匹の魔物が、ケイコさんに気づかずに玄室を動き回っているようです》


 サムズアップなら、気配なし。

 人差し指なら、少数。

 二本指なら、多数。

 そして三本なら、待ち伏せアンブッシュの危険性あり。

 単純なハンドサインだ。

 

「どうするのよ? やりすごせるの?」


 コメントを打ち込む。

 メンター登録?だかをしているので、わたしのコメントはエバには届く。


区域エリアの構造的にそれは不可能です。突破するしかありません》


 エバの声に緊張が滲んでいる。

 二×二区画ブロックの玄室が、状に連続する地下八階の北東区域。

 迂回路はなく、一室一室巣くっている魔物を蹴散らして進むしかない。


 ケイコは前回同様、微かなきしみ音すら立てないように、静々と扉を開けた。

 僅かに開いた間から、スッ……と身体を差し入れる。

 すでにマイクは、数人の生活音を拾っている。

 次いでカメラが玄室の中央に屯する、三人の “法衣ローブを着た男” を捉えた。

 まるで無警戒。

 ケイコは水面を這う蛇のような滑らかさで、そのうちのひとりに忍び寄った。

 逆手に握った短剣ショートソードが、深々と背中に突き刺さる。

 隠れるHide in Shadowからの不意打ちSneak Attack

 絶命した仲間が床に激突してから、ようやく他のふたりが襲撃に気づいた。

 ギョッとした表情を浮かべ硬直する男たち。


 奇襲成功You Surprised Monsters


 ケイコは間髪入れずにふたり目に突き進み、瞬息の動きで心臓を貫いた。


《“最高位魔術師アーク・メイジ” です。ただしの》


『かたり?』

『かたりって?』

『Catharina?』


《自分の実力レベルを偽って名乗っている探索者崩れタイプの魔物たちです。この階層フロアに出現する “最高位魔術師” は、実際には第二位階の呪文を扱える程度の力量しかありません。他にもレベル7でありながらレベル10戦士ファイターを名乗っている “百人隊長センチュリオン” 等がいます》


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16817330667933440483


『なんだそりゃw』

『ひでぇw 詐欺もいいとこだw』

『まさしく騙りw』

『魔物にもマキオみたいなのがいるんだなw』

『まさしくw』

『でもマキオは一応、本物のネームドレベル8だぞ」

熟練者レベル13みたいな口叩いてるけどな』

『確かにw』


《ですがこの区域ではたとえ最下層一〇階に出現する本物の “最高位魔術師” であっても、ケイコさんの敵ではないでしょう》


 まさしくエバの言うとおりだった。

 あらゆる魔法が封じられているこの区域では、戦力のすべてを呪文に依らなければならない魔術師は、“小鬼オーク” 以下の存在でしかない。

 戦士のような生粋の前衛職ではないとはいえ、素早い身ごなしで刃渡り六〇センチの短剣を自在に操る盗賊の敵ではなかった。

 狂乱してスタッフを振り回したものの、残るひとりも敢えなく仕留められてしまった。


『鮮やか~♪』

『ケイコ強くなったなぁ。Dチューバーになれば人気でるぞ』

『べそ掻き、ゲロ吐き、頑張ってきたからなぁ。応援したくなるタイプ』

『ケイコはすでに俺の推し』


 チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪ チャリン♪


 無表情で顔に付いた返り血を拭うケイコにも、それをもて囃して投げ銭をする視聴者リスナーにも、込み上げてくる吐き気を抑えきれない。

 

(……この人たち……どうして平気な顔してられるのよ……)


 迷宮という異常な空間。

 その異常な空間に生きる、探索者という異常な人間。

 そんな異常な人間を視て楽しむ、ダンジョン配信という異常な娯楽。


(……レンゲ……レンゲ……あんた、なんて所にいるのよ……!)


《まだです!》《まだゲロ!》


 エバとカエルのるような声に、ハッと顔を上げてスマホを覗き込んだ!

 カエルのカメラが動く何かを捉えている!

 法衣を着た男が壁際に置かれている巨大な宝箱チェストに駆け寄り、躊躇うことなく開け放った!

 

「もうひとりいたの!?」


 わたしの悲鳴を、スマホから響くけたたましいアラームが打ち消した!

 知っている!

 レンゲから聞いたことがある!

 解除に失敗すると騒々しい音を鳴らして魔物を呼び寄せる、“警報アラーム” の罠!

 “騙り” とはいえ、魔術師は魔術師!

 頭の回転は並の人間よりも速い!

 咄嗟の機転で窮地から、ケイコの短剣から逃れたのだ!


 ドダ、ドダ、ドダッ!!!


 スマホを通してさえお腹の底まで響く足音がしたかと思えば、次の瞬間、隣の玄室と繋がる扉が吹き飛ぶような勢いで開いた!

 現れたのは金属の鎧を着込んだ、身長三メートル近い巨人が1、2――5!

 全部で五体も!


『“食人鬼オーガ” だ!』

『やべ、今度はガチのガテン系だ!』

『盗賊とは相性最悪!』

『でもなんか装備よくね!? “食人鬼” ってこんな鎧着てたか!?』

『肌の色も青じゃなくて、緑だ!』


《これは “食人鬼” は “食人鬼” でも、君主として彼らを率いる上位種 “食人鬼頭オーガロード” 。モンスターレベル8のネームドで、第三位階までの魔術師系呪文を操る強敵です》


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211698035142


 エバの説明に視聴者に慌てる!


『第三位階!? “焔爆フレイム・ボム” を使ってくるのか!?』

火の玉ファイアボールを使ってくる巨人!?』

『いや運が良かった! ここなら火の玉は飛んでこない! 魔術師殺しの間だ!』

『呪文が使えなくったって、自分よりレベルが高い巨人が五体だぞ! 運が良いわけないだろ!』 


 ケイコのレベルは7!

 未だネームドレベル8には達していない!

 魔法が使えないとはいえ、体力的にもレベル的にも彼女を上回る巨人が五体!

 運なんか良いわけない!


《いえ、確かにです!》


 意味不明なエバの声を、五体の巨人の咆哮が掻き消す!

 群がり寄る巨体が、ケイコのカメラを圧した!



 To be next episode!



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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