第3話 情報共有

《エバ・ライスライトです。突然ですがこれより、Dチューバーマキオさん率いるパーティ『ディヴァイン・ウィンド』の救出ミッションを、LIVEでお送りします》


 その時、時間どおりに配信が始まった。

 白い僧帽に僧服姿の女の子が画面に現れ、カメラに向かって語りかける。

 大きな黒い瞳、同色の豊かで艶やかな髪。

 整った小顔と華奢な体つきは、普段着ならただの女子高生にしか見えない。

 わたしよりもふたつ年下。

 今世界で最も注目を集めている迷宮保険員エバ・ライスライトが、迷宮の入口をバックに立っていた。

 彼女は約束したとおり現れた。


『おっ! エバさんこんばんは!』

『エバさん、こんばんは~』

『待ってました!』

『ゲリラLIVE キタ━(・∀・)━!!!!』

『配信乙です!』

『HI EVA』

『今夜もよろしく~』


 視聴者リスナーの反応は素早かった。

 配信開始の通知が届くなり、すぐにコメントしたんだ。

 かじり付くようにして、配信が始まるのを待っていたんだ。

 まるで血に飢えた獣だ。


『エバさん、マキオを助けに行くの?』

『マキオのパーティと契約してるの?』

『ケイコが、エバさんには覚えがないみたいなこと言ってたけど』


《マキオさんとは契約はしていません。他のメンバーの方々ともです。ですが今回はメンバーのご家族から救助の依頼を受けました。なので飛び込みの案件となります》


『うは、ナルシィー・ボクゥ、超ラッキー!』

『契約してないのにw マキオ、相変わらず運だけはいい!』

『あいつ、運だけで迷宮攻略レースのトップに立った男だからな』

『レ・ミリアも★TOKION★も自滅したしな』

『飛び込みの依頼とか受けてくれるんだ』


(なにがそんなに面白いの! わたしの妹が死にかかってるのよ!)


 脳天気に湧き立つコメント欄に、叫びだしたくなる。

 

《現在のところ正式な契約者の方に、緊急性のある問題が起こっていないからです。わたしがマキオさんたちを迎えに行っている間に、そちらに問題が起こりましたら、待機している社長さんが対応します》


『旦那さん、キタ(・∀・)コレ』

『社長さん自ら現場か。胸アツだな』

運命の騎士ナイト・オブ・ディスティニー、二度目の登場か!』

『そっちはそっちで視てみたいな』

『そっちは実況するの?』


《我が社のチャンネルはこのアカウントだけです。Dチューバーさんのアカウントを借りないかぎり配信はないでしょう――現在の状況を説明させていただきます》


 エバは視聴者との応答を切り上げ、話を進めた。


《マキオさんたちが遭難してからすでに、まる三日が経過しています。彼らは四階で “強制転移テレポーター” の罠に掛かり、迷宮の何処かに飛ばされてしまいました。

 配信を始める前に “探霊ディティクト・ソウル” の加護を嘆願したところ、地下八階の北東区域エリアにいることが判明しています》


 “探霊” の加護についてはエバから説明を受けた。

 迷宮にいる人間の霊魂を探知して、念視する魔法らしい。

 対象の姿を見透せるため、怪我の有無などの健康状態ステータスも知ることができるそうだ。

 その代わりに対象者を俯瞰ふかん的に捉えることができないらしく、迷宮で正確な座標は判らないのだとも。

 階層フロア深度と、北東・北西・南東・南西の大まかな区域を知るのが精々なのだとか。

 僧侶がレベル9で授かるこの加護の存在を知らなかったある有名Dチューバーは、醜態を世界に晒し表舞台から姿を消した。


『八階! いきなり八階か!』

『どうにか四階のマキオたちにはキツすぎる』

最下層地下一〇階で鍛え上げたエバさんなら無問題モーマンタイ

『地下八階までなら “滅消の指輪ディストラクションリング” で、ほとんどのMOB消せるんでしょ?』


《地下八階にも “緑皮魔牛ゴーゴン” や “合成獣キメラ” といった “滅消の指輪” では消し去れないネームドレベル8以上の魔物が多数出現します。ですが問題はそこではありません。今回の問題は “滅消の指輪” それ自体が使えないことなのです》


『『『『『『『『『『……は???』』』』』』』』』』


《八階の北東区域の全域にはあらゆる魔法を無効化する、”魔法封じの罠” が仕掛けられているのです》


『『『『『『『『『『な、なんだってーーーっっっ!!!?』』』』』』』』』』


《そうなのです》


「こいつら馬鹿なの!? 死ぬの!?」


 わたしは我慢しきれずに叫んだ!

 このノリ、絶対についていけない!


『それってつまり、その区域に入ると魔法が使えなくなるって罠?』

『マキオたちも魔法が使えないっていってたぞ!』

『ソレカ!』

『ソレダ!』


《そのとおりなのです。“魔法封じアンチマジックの罠” が施された区域に一歩でも足を踏み入れてしまったが最後、呪文、加護、果ては魔道具マジックアイテムに至るまで、すべての魔法が使えなくなってしまうのです。

 この罠には魔法伝導物質エーテルを中和する効果があり、それは大気中だけでなく体内や水薬ポーションにまで及びます。さらに怖ろしいことに一度この罠に掛かると、罠から出ても魔法が使えないのままなのです。再び魔法を使うには別の階層フロアに移動する必要があるのです》


 エバそういうと腰の雑嚢ポーチから色あせた厚紙?の束を取り出して、そのうちの一枚をカメラに近づけた。


《これが八階の地図マップです》


『な、なんだよ、これ』

『なにこれ……』

『この北東区域一面が “魔法封じの罠” なのか』

暗黒回廊ダークゾーンがこんなに沢山』

『え? このあちこにあるのってもしかして転移地点テレポイント?』

『は? そのマーキングって転移地点なの?』


《そのとおりです。北東部の魔法禁止区域の他にも、階層の全域に無数の暗黒回廊と転移地点が散りばめられています。特に転移地点は一三。再出現テレアウト地点は一二を数え、同一地点への転移地点が二カ所あります。出現する魔物の凶悪さでは最下層地下一〇階ですが、階層の構造の複雑さ、それ自体の難易度では、この地下八階が間違いなく文句なく、最悪の中の最悪ワースト・オブ・ワーストです》


 エバの言葉に、コメント欄が静まり返った。

 四六時中Dチューブに張り付いてる軽薄なダン配ファンたちだったが、それだけに迷宮の知識は豊富だ。

 今の説明でマキオたち――レンゲの状況が容易でないことを肌で感じたらしい。


『こんな階層からマキオたちを見つけ出すのか……』

『いや、マキオがいるのは北東区域だろ。それは “探霊” で判ってる』

『それにしたって一階層フロア二〇×二〇区画ブロックの四分の一近いぞ』

『それも魔法が使えない区域』

『せめてもう少し座標が絞れればなぁ』

『マキオに周りの構造がどうなってるか聞けないのか?』

『こっちからは無理。中継器Wi-Fiが死んでて向こうからの映像しか届かない』

『それっておかしくね? 電波が届いてるなら普通は双方向じゃねえの?』

『D Tube Studio の設定ミス?』

『いや “強制転移” に引っかかるまでは普通にLIVEできてたぞ』


《マキオさんたちのいる場所はおおよそですが特定できます》


「――えっ!?」


『『『『『『『『『『マジデ!?』』』』』』』』』』


《マジです》


 画面の奥のエバが、大真面目にうなずく。


《マキオさんから電波が届くのに、こちらからの電波が届かない。中継器の故障でもDチューブの設定ミスでもないとすれば、その原因はなんでしょう? 電波は迷宮の分厚すぎる外壁や階層の天井を透過できません。だからこそ中継器が必要なのです。しかし煉瓦レンガの内壁でしたら一、二枚程度なら通り抜けます。煉瓦の電波吸収率は約、五パーセントから三五パーセントだからです》


『中継器の近くにいる?』

『いや、それじゃ座標の特定にはならんだろ』

『んだな。マキオたちがどこに中継器を置いたかなんて、こっちにはわからん』


《八階に飛ばされて以降、中継器は設置していないはずです。送られてきた映像に、その様子はありませんでした。中継器がないにも関わらず向こうからの電波は届く。中継器の代わりになる、それも一方通行の “何か” があるのです》


「じれったいわね! レンゲの居場所がわかってるならさっさと言いないよ!」


《つまり、マキオさんたちの近くには転移地点テレポイントがあって、電波はそこを通って届いているのです》


『『『『『『『『『『――ソ、ソレダ!!!』』』』』』』』』』


《八階北東区域にある転移地点テレポイントはふたつ。うちひとつは再出現テレアウト地点ですから、電波は抜けられません。残るはひとつ、座標 “15、16” の転移地点。マキオさんたちはこの近くにいます。

 思うにマキオさんの電波は “E15、N16” から “E11、N11” に抜けて、そこからまた “E10、N9” の転移地点に入って “E10,N4” に抜ける。さらに内壁をふたつ透過して、“E10、N0” にある昇降機エレベーター のシャフトを通って、四階に設置されている中継器に到り、地上まで届いているのだと思われます》


 ゾクッと……寒気がした。

 そこまでわかるものなの?

 わたしより年下なのに。

 同じ人間なのに。


『すげえ……』

『よくそこまで推理できるな』

『なんか正解な気がする』

『確かに説得力はある』

『それじゃエバさんはひとまず八階の “E15、N16” を目指すわけね?』


《いえ、目指すのはわたしではありません――彼女です》


 エバの隣りに誰かが立つ。


『『『『『『『『『『げぇ! ゲロケイコッッッ!!!』』』』』』』』』』


《ゲロは余計だ!》


 三日前に迷宮の入口で会った革鎧の女性が、カメラに向かって怒鳴った。 



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ご視聴、ありがとうございました

本日の更新は、ここまでとなります

気に入って頂けましたら★★★をいただけますと、ともて励みになります

明日からは毎日一話ずつ、朝の八時に公開いたします

それでは、これからよろしくお願いいたします

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第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757  

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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