第2話 ゲリラLIVE

 約束の日。

 

 部屋アパートにひとつだけある椅子に座り、スマホでDチューブを開いて待機していた。

 チャンネルの名前は『灰の道迷宮保険』。

 灰の道……なんて不吉なチャンネル名だろう。

 不吉で、迷宮ダンジョンの意味を言い得ている。

 潜り続ければ、いつかは灰に至る道。

 大っ嫌いだ。

 

 もうすぐ時間になる。

 約束。

 果たしてあれが、約束と言えるのだろうか。

 場合によっては守らなくていい、その時の状況によっては反故にしても構わない。

 そんなあやふやな口約束が、対等な関係じゃない人間の間で交わされた頼み事が、弱者が強者にすがり、泣き落とした結果が。

 本当に、約束と言えるのだろうか……。


◆◇◆


『あなた、エバ・ライスライトでしょ!』


 迷宮ダンジョンの入口に立つ白い僧服の女の子に息急き切って駆け寄ると、頬を張り飛ばす勢いで訊ねた。


『お願い、レンゲを――レンゲを助けて!』


 僧衣の女の子を含むその場にいた四人が、呆気にとられた顔でわたしを見る。

 ひとりは、革の鎧を着た二十歳くらいの女性。

 ひとりは、鎖帷子を着て剣を腰に吊った、彼女よりも少し年上の男性。

 ひとりは、エバという女の子と同じような服を着た、男性と同じ年頃の女性。


『レンゲはわたしの妹なの!』


『ちょ、ちょっと落ち着きなよ。いきなり藪から棒に言われても訳がわからないよ』


 革鎧を着た女性が戸惑いを隠さずに、両手でわたしをなだめる仕草をした。


『レンゲはマキオのパーティの盗賊シーフ なの! 今遭難してるの! だから助けて!』

 

 エバという女の子と革鎧の女性がお互いの顔を見れば、同じように鎖帷子の男性と僧衣の女性が見合った。


『あんた、エバの仕事についてわかってるの? あんたの妹さん――レンゲさん? 個人的に迷宮保険に入ってるわけ? エバはマキオのパーティとは契約してないっていってるんだけど……』


 革鎧の女性が労るような、気の毒がるような……これまでにも散々見てきた表情でわたしを見た。

 絶対の傍観者が見せる、誠実な同情。

 何の役にも助けにもならない、ゴミみたいな優しさ。


『個人的に、契約はしてないと思う……そんなお金ないから』


 悔しさに、グッと唇を噛みしめる。


『それならちゃんと契約してからにしてくれないか。エバさんには今日はすぐにでも休んでもらって、あと四人俺たちの仲間を生き返らせてもらわなきゃならないんだ』


『レンゲはまだ生きてるのよ! 生きてる人間が優先でしょ!』


『急に出てきて勝手なこと言わないで! わたしたちはちゃんと契約してるのよ! それに生きているっていったって、マキオのパーティならあなたの妹もネームドレベル8以上でしょ!? 回収費用だけで二〇〇万円よ! 払えるの!?』


 僧衣の女性が激高して、わたしに詰め寄る。


『に、二〇〇万……』


『回収費用はレベル×二五万円! 死んでたらその倍! それが迷宮保険なのよ!』


 僧衣の女性がそういって、泣きじゃくった。


(お金、お金、お金、お金……)


 またお金。

 ここでもまたお金。


『……お金があったら、迷宮なんかに潜ってないわよ』


『君の妹さんのことは気の毒だと思う。でも順番は譲れない』


 毒を吐くように呟いたわたしに、号泣する女性の肩を抱く男性が言った。


『払うわよ……――払うわよ、二〇〇万円! 風俗でもなんでもやって、わたしを売って、二百万必ず払うわよ!』


 わたしは見せない!

 涙は見せない!

 絶対に見せない!

 そう決めた! そう生きてきた!

 レンゲとふたり、そうやって生きてきた!

 革鎧の女性も、鎖帷子の男性も、僧衣の女性も眼中になかった!

 あるのはたったひとり、世界で唯ひとり蘇生の魔法を授かった最強の迷宮探索者!

 迷宮では絶対の強者、エバ・ライスライト!

 目は逸らさせない!

 あなたにはわたしを――わたしたち姉妹を見る義務がある!


 エバがわたしを見つめる。

 憎々しいほどに静逸せいいつな瞳で。


『最短で三日後です』


『ちょっと、エバ!?』

 

『残っているこの方たちのメンバーの蘇生に成功して、なおかつ他の被保険者の方に契約を履行しなければならない事態が発生しなかった場合に限り、レンゲさんたちの救出をお引き受けします』


『三日……』


『なによりも契約が優先されます。飛び込みの依頼ではこれが限界です』


『……』


『どうなさいますか?』


『それで……いいです』


 選択の余地なんてない。

 あるわけない。

 いつだってそう。

 わたしたちに選択肢なんてない。


『では三日後、他に優先すべき案件が発生してなければ、レンゲさんたちパーティの救出ミッションを行ないます』


◆◇◆ 

 

 そして今日が約束の三日後。

 追って知らさせれた約束の時間。

 レンゲとふたりで借りている六畳一間でひとりスマホを見つめて、その時を待つ。


 レンゲの回収ミッションが行なわれるなら、エバのLIVE配信が始まる。

 命懸けで迷宮に潜っている探索者の苦闘を、安全な場所で視聴する最低最悪の娯楽ダンジョン配信。

 それを当事者である探索者がお金や承認欲求のために、自ら望んで行なっている。

 ずっと大嫌いだった。

 今でも大嫌い。

 でも今はこれにすがるしかない。

 

(……わかってる。この配信がわたしたちのためだって)

  

 配信で得られた収入が、わたしが負った借金を待ってくれる。

 無利子での長期ローンなんて、これまでの経験からしたら夢みたいな話だ。

 でもローンはローン。

 借金が消えるわけじゃない。

 強者の同情、傍観者の誠実だ。

  

《エバ・ライスライトです。突然ですがこれより、Dチューバーマキオさん率いるパーティ『ディヴァイン・ウィンド』の救出ミッションを、LIVEでお送りします》


 その時、時間どおりに配信が始まった。



--------------------------------------------------------------------

ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757  

--------------------------------------------------------------------

エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

--------------------------------------------------------------------

実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る