街外れ

第1話 ボランティア配信

 全滅したのはレベル3に認定されたばかりの、六人フルパーティだった。

 一〇年前に東京都庁と入れ替われる形で出現した、通称 “新宿ダンジョン”

 その地下一階に出現する固定モンスターを狩りに行き、逆に狩られたのだ。


「……ありがとうございます、助かりました」


 蘇生されたばかりのリーダーの戦士ファイターが頭を下げる。


「エディ先生だけでなく固定モンスターの多くは逃走RUN不可です。退き際を間違えると全滅しますので、気をつけてください」

 

 感謝よりも羞恥しゅうちの滲む戦士に、彼を蘇生させた僧服の少女が穏やかに告げた。

 エバ・ライスライトは賢く気立てのよい娘だが、少々迷宮慣れしすぎているため、当たり前のような顔で怖いことをいう時がある。


「……一匹目が順調に倒せたんで欲張ってしまったんです。そうしたら二匹目が意外に堅くて、呪文も加護も尽きてしまって」


 一緒に蘇生された僧侶プリーステスが、こちらもシュン……とうつむく。

 リーダーと回復役ヒーラーを最初に生き返らせるのが、世界で唯ひとりの迷宮保険員であるエバ・ライスライトの定法セオリーだ。

 リーダーがいないことには契約の話ができないし、回復役が生きていればその他のメンバーの治療を任せることができる。

 

「『まだ行けるは、もう行けない』でしょ。訓練場で『耳たこ』なくらい言われたじゃない」


 エバと一緒に彼らを回収したケイコが、眉根を寄せて睨む。

 ケイコはレベル7の、二十歳の盗賊シーフ

 ひょんなことからエバと生死を共にする迷宮行を潜り抜けて以来、浅階層に限って小遣い&経験値稼ぎを兼ねて彼女の手伝いをしている。


「「……はい」」


「まずは他の方々を安置室に運びましょう。蘇生は明日以降になると思います」


 エバが嘆願できる蘇生の加護は、一日に二回。

 すでに使い切ってしまっている。

 リラックスできる環境で充分な睡眠を摂らない限り、消耗した精神力マジックポイントが回復することはない。

 世界で唯一の熟練者マスタークラス、レベル13に認定されるエバといえども、最高第七位階の加護を嘆願するのはそれだけ負担になるのだ。

 

 迷宮の入口には探索者ギルド都の迷宮課によって、緊急時用のクレーンが設置されている。

 これを使って一階始点縄梯子まで運ばれた残りの遺体を地上まで上げて、入口を監視する陸上自衛隊の警衛所に併設されている遺体安置所に運ぶ。

 放置したままにしておけば聖水魔除けの効果が切れた途端に、魔物の餌になってしまう。


 安置所では常駐する軍医から死亡宣告を受けたあと、都の委託を受けた葬儀社が培ってきたノウハウを駆使して、可能な限りを保って保管してくれる。

 遺体衛生保全士エンバーマーと呼ばれる専門の技術者によって、静脈から血液が抜かれ、動脈に防腐剤が注入される。

 腹腔や胸腔に残った体液や残留物なども取り除かれ、一般的な病院で看護師が行うエンゼルケアよりも徹底的な防腐処理が施される。

 時間が経てば経つほど遺体は腐敗し、蘇生は困難になるのだ。


「明日以降わたしの精神力が回復しましたら、どなたかふたりを迷宮に戻して蘇生の儀式を執り行います。どなたを蘇生させるのか選んでおいてください」


 聖職者の加護にしろ、魔術師の呪文にしろ、迷宮の中でしか使えない。

 迷宮の大気に含まれる魔法伝導物質エーテルが、魔法の顕現には必要なのだ。

 手間だが運び出した遺体を、もう一度戻さなければならない。


「そ、そのことなんだけど……」


 リーダーの戦士が物凄く言いづらそうな表情で、怖ず怖ずと手を上げた。


「料金が……払えない……かも」


「確か必要な費用って回収がレベル×二五万円。蘇生が同じくレベル×二五万円……ですよね?」


 僧侶がこれまた申し訳なさげに確認する。


「そのとおりです。おふたりともレベルが3なのでひとり頭一五〇万円。おふたりで三〇〇万円になります。残りの方々を含めますと合計で九〇〇万円になります」


「「「「……」」」」


 戦士と僧侶が気まずい沈黙した。

 そして答えておいてなんだが、エバも沈黙した。

 同じくケイコも沈黙した。

 要するに全員が、薄ら寒い空気に沈黙した。


 低レベルの迷宮探索者たちの主な収入源は、倒した魔物から奪う迷宮金貨だ。

 これは五〇〇円硬貨ほどの純金製の金貨で、都はこれを一枚一〇〇〇円で強制的に買い上げている。

 相場からすれば七〇分の一以下というボッタクリもいいところのレートだったが、金貨が迷宮から無制限にくる以上、こうでもしなければ金の価値が暴落して世界経済に影響がでてしまう。


 その代わりに買い取り価格の差額が東京都の収入になり、税金を投入することなく探索者を支援する各種施設や業務の整備と運営が可能になっていた。

 自分たちの生活に直接関係ない迷宮関連の業務に税金が投入されては、一般都民が納得しない。


 だがボッタクリとはいうものの、迷宮最弱の魔物である “小鬼オーク” や “犬面の獣人コボルド” の群れを狩れば、迷宮金貨五〇から一〇〇枚の収入にはなった。

 六人パーティならメンバーひとり頭、八〇〇〇から一万七〇〇〇円の稼ぎになる。

 回復役が負傷者を癒やして毎日に潜ることができれば、駆け出しの探索者としてはそこそこの収入にはなった。

 実際、今回欲を出して全滅するまで戦士たちのパーティも、順調に金を貯められていたのだ……。


「一応そういった場合に備えて、今回の業務をLIVE配信して広告収入とスパチャで費用を相殺できるようにはしていますので、無利子で待つことはできますが……」


 通称ボランティア配信。

 Dチューバーダンジョン配信者ではない探索者のための、そして迷宮保険会社が費用を取りっぱぐれないための、保険の保険。

 エバが勤める『灰の道迷宮保険』のチャンネル登録者数は多く、Dチューバーでは屈指の動画再生回数を誇るが、それでも払ってもらうことには変わりない。


「それは必ず……」


「あなた、エバ・ライスライトでしょ!」


 戦士の言葉を、唐突に割り込んできた声が掻き消した。


「お願い、レンゲを――レンゲを助けて!」



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ご視聴、ありがとうございました

第一回の配信はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757  

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エバさんが大活躍する本編はこちら

https://kakuyomu.jp/works/16816410413873474742

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実はエバさん、リアルでダンジョン配信をしてるんです!

エバさんの生の声を聞いてみよう!

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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