化物Ⅰ:環楓「攻め」

 1年2組の教室に到着した。

 最後くらいは全力疾走しないで渡してみようかな、なんていう愚かなことを考えながら、ガラッ、というような音をたてて扉を開く――ことはできずに、そっと音をたてずに扉を開けた。

 …まあ、全力疾走しないで渡すという選択が、そして扉を開けるときに音を立てなかったことが、これほどまで愚かな選択になるなんて思いもしなかった。


 そこには双子の姉妹が居た。


 いや、居ただけならばどれほど良かったことだろうか。夢ならばどれほど――じゃないけど、本当夢であってほしかった。

 ……つまりそう。何をしていたか、っていう話だ。




 姉、緒河共が、壁に押し付けられていた。

 妹である緒河相によって。


 もっと具体的に言うのであれば、押し倒していたという表現のほうが正しい気がする。

 超えてはいけないライン、とでも言うのだろうか。

 もちろんその双子がしていたのはそれだけではない。

 おそらくそれは、その行為は、『レズセックス』と呼ばれるものであろう。

 恍惚とした表情で。艷っぽい表情で。

 攻める。

 受ける。

 そこに容赦なんてものはなく、嬌声のような声が部屋に響き渡る。

 既に前戯とは言い難いそのシチュエーション。双子の姉妹は『二人だけの世界』に浸っていた。

 甘いと言うにも甘ったるすぎるその空気に酔う二人。その甘い空気を吸った俺もまた酔い始めていた。


 いや、何で俺は双子のレズセを真面目に描写してんだよ。

「あ」

 双子が俺の存在に気づいたのは俺がその教室に入ってから5秒もしないころだった。

「……えっと、プリントを届けに来たんですけど――」

 気まずい空気が流れる。

 凄い勢いで顔が赤くなってる、お互いに。

「じゃ、じゃあ俺はこれで……」

 俺はそそくさと部屋を出た。

「………」

 うん、やばい。

 死んだかもしれない。




 俺は全力でダッシュした。


 どーん、というような音を立てて双子が扉を蹴り飛ばす。

 実際に見てはいないが、まあ音的にもそれしか無いだろう。あんな響き方する音なんて扉を蹴り飛ばすときくらいしか無い。多分。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころすころすころすころすころすころすころすころす――!!!」

「――!!」

 理性がない!!

「ぶっ殺す!!」

 緒河――じゃ、わからないか。

 姉、共のほうが追いかけてきた。

「待て待て待て待て待て待て待て待てマテマティカっ」

 いやゲーム実況じゃねえよ。子供時代に感じた恐怖を元にしてねえわ。現在進行系だわ。


 全力で逃げた。

 というか今も全力で逃げてるところだ。

「助けてくれッ!!」

 階段を跳び――文字通り踊り場まで跳び――着地。

 俺が編み出した最速帰宅のための技術だ。数段飛ばしなんかとは比べ物にならないくらい速い。

「下駄箱か…!」

 1階に向かうため現在俺が立っている2階の階段前から飛び降りて1階への階段の踊り場に着地する。

 が、1階にいたのは妹、緒河相だった。

「あ、いた。」

「やっべ」

 俺は急いで、それはもう限界まで脚力を開放して階段を登った――いや、上方向に向かって跳んだと言ったほうが正しい。

 ここの階段からじゃ1階には行けない。別の階段から行かなければ――

「ありがとう、相」

「先回りされてる――!!」

 なるほど、これが『共有』か。




 何度も何度も描写を中断して悪いが、『共有』について。

 『共有』の能力は対象――緒河相の場合は緒河共、緒河共の場合は緒河相がその対象である――と感覚や思考、記憶などを共有するという能力だ。




 つまり今、俺の目の前に緒河共がいるのはおそらく、というよりも確実に、俺が2階にいるという認識を緒河相が『共有』したからだろう。

「戻――」

「れないよ、私がいまーす」

 囲まれた。

 廊下で八方塞がりとはこれいかに。廊下は2方向しか無いのに。

「いや、まだもう一つ……ある。」

 俺は真横に有る扉に飛び込んだ。そして即座に扉を閉めた。

「ふう……危ね、あいつらしつこい……」

 安心して後ろに下がる。

 どん、と誰かに背中がぶつかる。

「すいませ――」

「…何してるの?」

 そこには幻中先輩――幻中蛍多がいた。

「え、何ってどういう……」

「いや、双子ちゃんに追われてたじゃん。なんかしちゃったんでしょ?」

「い、いや別に悪いことしたわけじゃ無いっ――」

 俺は再度後退りした。

 そして扉の下枠に足を引っ掛けて転んだ。悲しいことに俺はアホだった。




 それはそれは美しい「白」だった。

 双方とも。

 姉は顔を赤らめていて、妹は誰かを見下している。誰を見てるんだろう。

 恥辱の顔と軽蔑の顔を同時に見られるなんて、これはおそらく現実ではないだろう。いや、確実に。

「何だこれ、夢か?」

「ほっぺた引きちぎってやろうか?」

「つねるとかじゃないのか!?」

 双子のスカートの中を――つまり下着を――覗いたのだった。




 割愛。

 世にも珍しい本当の意味での割愛である。といってもまあ、実質的な拷問シーンなど描写できるはずもない。惜しいのだが、非常に惜しいのだが、割愛させてもらう。


「さて……」

「うっす、すいません」

 初手謝罪、実に情けない。

「話は聞かせてもらいました。」

「いやまあ、私たちが話しましたし。」

「話しましたし。」

「仲いいな、双子ども。」

 仲がいいというか、中がいいというか。

 とにかくそんな姉妹、双子だった。

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