開闢Ⅵ:環楓「ぶつかって砕けちまったら意味ないだろ。」

「血…!」

「そうだよ血だよ。どっかの優しいやつから、お前がやばいだの何だのと聞いて追いかけてみたら道路に向かって一直線だ。ふざけてんのか?」

「もう、辛いから。」

 聞いていた通り、多分病んでる。

 そもそも病んだことがないからこの状態が病みなのかは全く知らないが。

「俺はまだ、お前が辛いってことを聞いてないぞ。」

「言ってないもん。」

「言えよ、吐き出せよ。多分だけど、人に相談しないで勝手に抱え込むほど罪なことはないぞ。」

 多分だけど、は余計だった気がする。

「これは俺の持論だが、自殺ってのは他人に自分の抱えてたものを押し付けるってことだと思う。抱え込めば抱え込むほど、死にたくなるし死んだら周りが辛くなる。」

 そんなの、自分が無駄に傷を溜め込むだけだ。

 後から周りが、無駄に傷つくだけだ。

「じゃあ、何で血のことを?」

「そりゃ初めて会った4月から、大体2ヶ月だぞ?そのあいだ、吸血鬼だってのに吸血したところを一度も見てないからな。」

 三大欲求――食欲、性欲、睡眠欲。

 その内の一つである食欲を、2ヶ月間も耐えれるはずがない。しかも吸血は生殖行為でもあるはずだ。

 そういう意味では三大欲求の内の二つを2ヶ月だ。無理に決まってる。

 最も、吸血以外でそれらを補えるのならいいのだが。

「……そういうことね。」

「ま、そういうことよ。」

 納得してもらえたらしい。

「血、本当に吸っていいの?」

「いいんじゃねえの?眷属に縛りとかないだろ。」

 それに自分勝手だけど、再生能力もちょっとほしいし。

「…眷属になってくれるってことでいいんだね。」

「ああ、なってやるよ。俺の周りが笑って暮らすためなら、お前のためなら、俺は人だってやめてやる。」

 俺が好きなのは、友達で、家族だから。

 親愛を知っているから。

 でも、恋愛は知らない。

「じゃ、どう――」

 どうぞ、と腕を差し出すつもりだった。

 思ってたのと違かった。

 首だった。

「――」

 吸われる。

「――!!」

 吸血。イコール、生殖行為。それはつまり、性行為。

 そういうことだ。

 官能的陶酔、快感、興奮、エクスタシー。そして、絶頂。

 それらと同じ感覚――いや、それ以上の快楽。

 そしておそらく、彼女もそれを感じている。

 …感じている。

 声が出ない。

 快楽に溺れてか、痛みを恐れてか。またはその両方か。

 口が離れる。

 恍惚とした表情が見える。おそらく俺も、こんな顔をしているのだろう。

 性行為、生殖行為。

 それが終わった後も、こんな気持ちに――こんな表情に、なるのだろうか。


――いや、官能小説かよ。


 吸血でここまで言及できるのか?

 俺が変態だからなのか?

 ちなみに俺は13歳だ。

「……」

「……」

 そういう事をした後も、こんなふうに気まずくなるんだろうか。

「美味しかったよ。」

 ま、そうか。

 彼女にとってこれは、主に食事なのだから。

 眷属は、ついで。

 あ、ちょっと待て…!

「吸血鬼同士の吸血は……可能なのか?」

 出来なきゃ俺が身を投げだした意味がないんだけど。

「コンドームさえつければ近親相姦も可能でしょ?」

「確かに。」

 納得してしまう俺が悲しい。

 要は、食事としてする分には出来るということらしい。

 その度にわざわざ『そういうこと』をした気持ちになるのは、少し気が引けるが…まあ、仕方ないだろう。だって俺は今まで、何もしてこなかったのだから。

 このくらいはしてやってもいいだろ?

「血を吸うこと、否定しない?」

「俺に聞くな。もう吸血鬼になっちまったから、今それは俺が知りたいことだ。」

 もう、わかりきっているけどな。

 あいつらは人一倍、仲間思いだから。

 俺と同じで。

「じゃあ、明日か。」

「そう、明日だ。」

 まだ、俺たちは何も始まっちゃいない。

 そして、終わってもない。

 これは始まりの物語。

 物語は、こうして始まった。

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