開闢Ⅳ:鬼血吸「吸血鬼は夜の住人だもんね?」

「何歌おっかな~。」

 私は今さとりんとカラオケに居る。さとりんというのは諭ちゃん――言葉諭のことだ。

「あ、私先いい?」

「お、いいじゃんどうぞ~!」

 何歌うの~?みたいにはしゃぐ。

 このテンションから暴走しないでいられるのは、やはり私の関わる人が皆温かい人だからだろう。

「お、流行ってるやつじゃん!」

 それとも私のはしゃぎ方が、わざとらしいからだろうか。


――回想。


 吸血鬼。

 後天的なものではない。私は生まれたその時から、吸血鬼だった。

 それはどういうことかと言うと、子供の頃から吸血衝動があったということだ。赤子の頃にはまだ血を吸いたいと思ってはいなかったらしいが、物心ついた頃には既に自身の欲求を認識していた。

 そしてそれと同時に、自身が周りから避けられていることも理解した。

 当たり前だ。誰でも血を吸われると聞いたら逃げたくなるものだ。

 それが感受性豊かな子供ともなれば、何が起こるかなど容易に想像がつくだろう。


 だから私は、どうにかして人との距離を縮めようと思った。

 つまり無理に自分という存在のために『それっぽいキャラクター』を作って着せたのだ。


 それがこれ。

 それが今の私だ。これで人気者になれる…なんて、上手くいくほど世界も人も甘くない。私のイメージする人気者の真似を集めただけのキャラクターを自身に着せたところで、私のイメージ通りに上手く行くわけではないしなんなら世間のイメージにすら合うことはないだろう。

 そこにあるのは無理にミーハーを演じているような、そんな気持ちが悪い自分。

 最も、その気持ちが悪いという感想こそが私の主観であり、私の視点で考えただけの自分勝手な結論だ。

 だからこの結論も、結局はただの自意識過剰。

 自意識過剰で他人に鈍感。屑とはこういうやつのことを言うのだろうが、その理論で言うと私は屑なのだろうか。


 なんてことを、22時に外を歩きながら考える。

 ちなみにこれはカラオケから出てきて、さとりんと別れた後のことだ。

 彼女と会った日に、彼女と別れた直後に、こんなネガティブなことを考えるなんて失礼ではないだろうか。

 などと考えはするものの、しかし私の思考は私の思いどおりに操作できるとは限らない。

 彼女と別れてから、今日の行動を反省する。

 あの行動はどうだったのか。

 この言動は良くなかっただろうか。

 このキャラクターを演じていると、見たものの影響を受けやすくなる気がする。

 ネガティブなことを聞いたり見たりするとネガティブになる。やはりそれこそがミーハー、新しい物好きで周りに流されるやつの運命なのだろう。

 影響というのは影に響くと書く。自分の影、自分を映し出す鑑のようなものに響いている。つまり、見えてはいないがしっかりと心に響いているということだろう。

 そう考えるとロマンチックなのだが、実際はただの無意識な真似。いや、真似る対象が素晴らしい人間ならば全然良いのだが、今回の場合は悪影響だろう。


「夜更かしは悪いことだって言われるけど、吸血鬼は夜の住人だもんね。」

 そう、吸血鬼はむしろ夜よりも朝に起きている方が問題なのだ。

 朝というか日の出ている間は、全力で日焼け止めを塗らければ肉体が灰化してしまう。学校があるから嫌でも起きなきゃいけないけれども、しかし灰化のリスクまで背負うべきなのかとは思う。

 なんて、夜更かしの言い訳を淡々と並べる。


 ああ、吸血鬼なんてのに生まれたくはなかった。

 ほとんどの人は自分にコンプレックスを持っている。だからこれも、私が思っているより当たり前の悩みなのだろう

 吸血鬼なのに眷属はいない。

 というか、ここ数年まともに吸血していない。

 吸血という行動には、私の衝動と後悔が詰まっている。吸血できないのは苦しい。でも、血を吸って嫌われるのはもっと苦しい。

「…誰かあたしを救ってくれないかな。」

 この台詞も、嘘だ。

 救ってほしいわけじゃない。

 結局はこの時、このタイミングこそが実は一番幸せなのだ。時間というのは、そういうふうに進むと決まっている。

 勿論、深くは知らない。

 時間のことを言うのなら1年2組の先ちゃん――『未来視』の能力を持つ時雨先しぐれさきちゃんや、1年3組にいる能力『時間遡行』明日ヶ谷渚あすがやなぎさちゃん。ある意味では、能力『世界線移動』の世界渡せかいわたる君も専門家だろう。

 彼ら彼女らに言ってもらった方が正確性も説得力も高い。

 説得力が高いところで何だと言われると困るけど。


 どこに向かうわけでもなく、ただフラフラと道路を歩く。いや、ここまで来るともう舞っているのかもしれない。

 そのうち人通り車通りの多いところにたどり着く。

 信号は赤く光っている。

 車は速度を変えずに真っ直ぐ走っている。

「もう、いいかな。」

 一歩踏み出す。

「何がいいって言いたいんだ?」

 腕を掴まれる。

 私は振り返る。

 そこに居たのは、楓くんだった。

「お前、死にたいのかよ。」

「別に、これも『ふり』だよ。」

「だろうな。」

 見透かしたように言う。

 本当に見透かされているのだろう。

「吸血鬼、だっけか。」

「そうだけど?」

「そうだよな」


――だったら、血を吸ってくれ。


 彼はそう言った。

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