16 はじめてのおかえり

 ずっとふわふわした感じで我が家へと戻ったのですが、母の一声で一気に現実に戻ることができました。


「ひなちゃん、もちちゃん、お帰りなさい! 今日はひなちゃんの好きなお赤飯ですよ!」


 台所のせいろからほこほことあがる湯気。アズキの炊けるいい匂いに、わたしの心は躍ります。


「えっ、お赤飯? なにかいいことでもあったんですか?」


「もちろん! しかも今日は、サンマのお頭付きですよ!」


 サンマというのは頭と胴体とシッポに三分割し、それぞれ別日に頂くのが我が家のならわしです。

 もちろんはらわたも残さずいただきます。『苦虫さんもよく噛んで食べましょう』が我が家の家訓ですので。

 しかし家族の誕生日でもないのにお頭つきなんて、これから一家心中でもするんでしょうか。 


「なんといっても今日は、ひなちゃんに初めてお友達ができた日ですからね!」


 はちきれんばかりの母の笑顔。いつものわたしだったら気まずい思いをしていたかもしれません。

 でも、今日はちょっとだけ違いました。


「あっ……はい!」


 特区の中での出来事はすべて夢で、きらりんさんがイマジナリーフレンドだったとしても、わたしには大切な思い出です。

 それにお赤飯が食べられる夢なら、いつでも大歓迎です。

 食べ損ねたお弁当のそぼろごはんも添えて、お赤飯とハーフにしていただきましょう。


 それから一家四人、わたしと母と妹ともちさんで楽しい夕食とあいなりました。

 わたしは特区であったことを母と妹に話して聞かせます。


「あっ、そうそう、妹にお土産があったんです」


 わたしはリュックサックの中から特区の空気が入ったビニール袋を取り出すと、妹に手渡します。

 すると妹はなにを思ったのか押し入れを開け、中からふとん圧縮袋を取り出しました。


 そのふとん圧縮袋にビニール袋を入れて、外の空気を抜いていました。

 妹はドヤ顔で、ピッタリと圧縮されたビニール袋を掲げます。


「これで、ずっと長持ちするよ」


「おおっ、さすが我が妹!」


 ふとん圧縮袋というのは空気を抜くものですが、逆に空気を保管するために使うなんて、天才の発想です。

 その王様のようなアイデアに、わたしと母はパチパチと拍手をします。


「あっ、そうだ。母にもお土産があったんです」


「えっ、母にも?」


 瞳を瞬かせる母に、リュックサックから取りだしたチケットつづりを渡します。

 その瞳が、ことさら大きく見開かれました。


「まぁ……!? こ……これは……! 全国クリーニング券っ……!?」


 瞬きも息も忘れるほどにビックリしています。


「こ……こんな……こんなすごいものを……いったい、どうしたんですか……?」


 母はすっかりうろたえてしまい、困り眉をプルプルと震わせています。

 みるみるうちに顔から血の気がなくなっていき、いまに卒倒しそうでした。

 わたしは特区ステーションであったことを、かくかくしかじかと話して聞かせます。

 すると母は、わたしと妹をいっぺんに抱きしめてくれました。


「あ……ありがとう……! ひなちゃんみたいな、思いやりのある娘と……! こかげちゃんみたいな、かしこい娘がいてくれて……! 母は、とっても嬉しいですっ……!」


 夢が叶って母は嬉しくてたまらなかったのか、エプロンで何度も目を拭っていました。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次の日の朝。わたしはお味噌汁の香りと、母の嬉しい悲鳴で目覚めました。


「見て! 見て! ひなちゃん! こかげちゃん! 憧れのクリーニングに出しちゃいました!」


 母はわたしたちが寝静まったあともクリーニングできるのが楽しみで眠れず、夜中に起き出して駅前のクリーニング店まで行ったそうです。

 そして、超特急仕上げで今朝受け取ってきたそうです。


 母は新しいドレスを買ってもらった女の子のように大はしゃぎ。

 ビニールに包まれたふたつの服を両手に持って、クルクル回っています。


 服はどちらもピカピカに仕上がっていたのですが、わたしは「あれ?」となりました。


「母、その服は……」


「はい! ひなちゃんの学校の制服と、こかげちゃんのよそいきの服ですよ!」


「あの、母の服は……?」


「母はクリーニングに出すような服はありませんから! ふたりの服を、ずっとクリーニングに出してみたかったんです! ああっ、その夢が叶ったいま、天にも昇ような気持ちです~っ!」


 なんと母は、自分の服はひとつもクリーニングに出していませんでした。

 そうでした……姉は、いつもわたしと妹のことが最優先でした。


 幼い頃に聞いた、母の言葉が脳裏に蘇ります。

 その時、母は生まれたばかりの妹を、わたしは拾ったばかりのもちさんを抱いていました。


『今日からは、お姉ちゃんじゃなくて、お母さんって呼んでくださいね! だってお姉ちゃんは、今日からふたり……いや、みんなのお母さんになるって決めたんですから!』


 当時姉だった母は、しゃがみこんでわたしの頭を撫でていました。


『大丈夫! おいしいごはんがいっぱい食べられて、ちゃんとお洗濯した服を着られて、すてきなお家に住まわせてあげます! すてきなお家は、ちょっと難しいかもしれないけど……でもお母さんは、いっしょうけんめいがんばりますからね!』


 ……わたしは、いまここに決意します。


 特区で、立派になることを。宝箱の中を立派な『動く家』にすることを。


 母と妹ともちさん、3人でずっといっしょに暮らせる家にすることを……!



◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 わたしは真新くなった制服に袖を通し、母のお弁当を持って学校に行きました。


 頭のなかは特区のことでいっぱいです。

 あの特区でどうやったら成り上がれるのか、そのことばかり考えていました。


 しかし学校に近づくにつれ、妙に視線を感じるようなりました。

 それは通学路から始まって、最初は気のせいだろうと思っていたのですが、校門をくぐったあたりで確信に変わりました。

 みんながわたしのほうをチラチラ見て、なにやらヒソヒソ話しているではありませんか。


「あっ、見て! ひなっちだよ!」「ホントに、うちの学校の子だったんだ!」「すごい、写真撮ろうよ!」


 これはひょっとして、新手のイジメでしょうか?


 自分のクラスへと入ると、わたしに視線が集中します。

 いつも以上に居心地の悪さを感じながら席につくと、外の廊下からドタバタと足音が近づいてきました。


「おっはよーっ! ああっ、今日もギリギリ間に合った! 人間、合格っ!」


 きらりんさんでした。

 彼女はこのあといつもなら、教室の真ん中にいるギャルグループの輪に入っていくのですが、今日は違いました。


「あっ、いたいた! ひなっち!」


 真っ先に、すみっこにいるわたしに向かって突進してきたのです。

 わたしはギョッとなりました。

 特区では誰もいない場所だったから絡むことができたのですが、こんな衆目のある場所でリアルギャルに迫られるのは心臓に悪いです。


 ドギマギするわたしをよそに、きらりんさんはポケットから取りだしたスマートフォンを突きつけてきます。

 上には『トックチューブ』というロゴがあり、タイトルらしきところには『モレンチャレンジ』とあります。


 その下では動画が再生されていたのですが、目にした途端、わたしの心臓が口から飛びだすかと思いました。


『すっ……すっぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』


 なんとそこには、宝箱に入ったままモレンにかぶりつき、絶叫とともにもんどり打って倒れるわたしの姿が。

 しかも何回も何回もループ、途中スローになったり、いちばん醜い顔で静止したりしていました。


「トックチューブに上がったひなっちの『モレンチャレンジ』の動画、超バズってるよ! 見て、世界中からコメントが付いてる!」


 歪みつつある視界には、翻訳されたような日本語でこんな文字が浮かんでいました。


『HaHaHa! 最高だ! まるで毒を飲まされたみたいじゃないか!』


『そりゃそうさ! モレンはひと舐めしただけで寝込むほどに酸っぱいのに!』


『彼女は命知らずだわ! 今年一番のクレイジーね!』


 わたしの世界が崩壊したみたいに、ぐらりと揺らぎます。

 気づくとわたしはモレンチャレンジの再来のように、バターンと後ろに倒れていました。


「ええっ!? ひなっち、どしたん!? ちょ、しっかりして!」


―――――――――――――――――――――――――

これにて第一部、完結です!

「面白かった!」「続きが気になる!」と思ったら

下にある『☆で称える』の+ボタンを押して、評価をお願いいたします!


面白かったら星3つ、いまいちだったら星1つでも大変ありがたいです!

フォローもいただけると、さらなる執筆の励みとなりますので、どうかよろしくお願いいたします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼっち配信 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ