11 はじめての酒場

 わたしは共感性羞恥にいたたまれなくなり、いまにも逃げ出したい気分にさいなまれます。

 しかし当のきらりんさんはちっとも気にしていませんでした。


 常連客たちのいぶかしげな視線を一身にあびても怯むことなく、むしろもっと見ろといわんばかりの足どりで、ずんずんと店の中に進んでいきます。

 その威風堂々たる姿は、パリコレのランウェイを歩くモデルさながら。


 そのとき彼女の首には高級マフラーのようなもちさんが巻き付いていたので、余計そう見えてしまいました。


 きらりんさんはお店の真ん中で空いているテーブルを見つけると、まるで自分の予約席であるかのように腰掛けます。

 そしてあたりをきょろきょろと見回したあと、信じられない行為に出ました。


「あっ、おじさん、その料理なんていうの?」


 なんということでしょう、そばにいた中年男性に声を掛けたのです。

 いきなり話しかけられたおじさんはじゃっかん引き気味でしたが、すぐに答えていました。


「こ……これかい? こいつはなぁ、焼きチーズっていうんだ」


「へぇ、焼きチーズってそのまんまじゃん!」


「ああ、だがうまいぞ。この村のヤギで採れたミルクで作ったやつだからな」


「マジ!? 超ヤミレストっぽい! 教えてくれてありがとね、おじさん合格っ!」


 きらりんさんはそれからも、まわりの客に話を振りまくっています。

 おじさんたちのよそ者が来たみたいな態度はなくなり、すぐに歓迎ムードとなりました。


 あっという間に酒場に溶け込んでしまったきらりんさん。

 入り口からのその一部始終を見ていたわたしは、未知なる生物を目撃したかのように震えあがっていました。


 も……モンスターさん……! コミュニケーション・モンスターさんです……!


 初めての店に入って楽しく話ができる人間なんて、頭のネジが外れているか、ギフテッドと呼ばれる能力者くらいのものです。

 そんなモンスターさん級の逸材が、まさかわたしの身近にいたなんて。


 しかし、違和感もありました。

 常連客だらけの酒場であんなふうに我が家のように振る舞えるなんて、いくらなんでもありえません。

 神話の生き物じゃあるまいし……。


 きっときらりんさんは、この酒場に何度か来たことがあるのでしょう。それならあの堂々たる態度も理解できます。

 タネがわかるとだいぶ気が楽になりました。幽霊の正体見たり枯れ尾花というやつです。


「ひなっち、なにしてんの!? ひなっちもこっちきて座んなよ!」


 きらりんさんに大声で手招きされ、店じゅうの視線がわたしに移ります。

 その顔は、どれもが複雑怪奇といえる表情をしていました。


 無理もありません。なにせいまのわたしの顔はダンボール箱に覆われ、身体は宝箱に覆われているのですから。

 いつものわたしならとっくに逃げ出していたと思うのですが、もちさんも向こうにいる以上、行くしかありません。


 わたしは宝箱に入ったままコソコソと移動、連行されるコソ泥さん気分で、きらりんさんの対面の席に着こうとします。

 宝箱で椅子に座るのは困難をきわめたのですが、後ろの席にいたおじさんが宝箱とごと持ち上げて座らせてくれました。


「あ……ありがとう、ございます……」


「嬢ちゃんたち、『腕輪持ち』だろ? 腕輪持ちを見るのは初めてだけど、そっちのきらりんちゃんはともかく、こっちの箱に入っている嬢ちゃんは変わってんなぁ」


「そうそう」と他のおじさんも話に加わってきます。


「箱に入って顔を隠してるなんて、まるでモンスターみてぇだな」


 わたしがミミックだと……モンスターさんだとバレてしまったら、狩られてしまうかも……。

 なんとかしてごまかそうとしましたが、知らない人と話したことがないのでしどろもどろになってしまいます。


「あっ、い、いえ……そっ、そんなことは……」


 周囲の視線がいかにも不審者を見るような目付きにかわり、わたしは生きた心地がしませんでした。

 しかし、鶴の一声に助けられました。


「なーに言ってんの! ひなっちがモンスターだったとしても、わるいモンスターじゃなくて、いいモンスターに決まってんじゃん! だって、あーしの友達だよ!? あーしの友達にバッテストな子がいないのは、おじさんたちを見ればわかるっしょ!?」


 きらりんさんのその一言で、おじさんたちはどっと笑います。


「がはははは! そうかそうか! きらりんちゃんの友達なら、さぞやいいモンスターなんだろうなぁ!」


「ぐわははは! 嬢ちゃん、ひなっちっていうのか! そんな可愛らしい名前でわるいモンスターなわけないよなぁ!」


 どうやらなんとかごまかせたようです。

 でもこれ以上、見知らぬ方々との会話が続いたら正気を保てる気がしません。


 しかし、店主さんらしきおじさんが注文を取りに来てくれたことで会話は中断され、助かりました。

 きらりんさんは勝手知ったる様子でオーダーを告げます。


「ヤギのミルクみっつと、焼きチーズね! あと適当にうまそうなのもってきて!」


 わたしは慌てて言い添えます。


「あ……あの……わたし、お金は……」


 お金は持ってません。臨時のこづかいでもらった千円はあるのですが、日本円は使えるのでしょうか?

 使えたとしても、足りないような気がします。


「大丈夫だって!」


 きらりんさんは楽天的に言いながら、腰のポーチからなにかを取りだしていました。

 それは動物の牙と爪のようで、小銭のようにチャラつかせて店主さんに見せていました。


「これで、ふたりと一匹ぶんにならない?」


「ゴブリンの牙と爪かぁ……猫のぶんはサービスしてやってもいいけど、ふたりぶんとなるとちょっとなぁ……。これ、どこで手に入れたんだ?」


「近くの森だよ。あーしとひなっちと、もちで狩ったんだ」


 すると、まわりのおじさんたちが「おおっ!?」と沸き立ちました。


「なんだ嬢ちゃんたち、ゴブリン退治してくれたのか!」


「それならそうと早く言ってくれよ! ここのメシは俺たちがおごるぜ!」


「森のゴブリンたちはヤギを襲うから、こっちも参ってたところだったんだ!」


「ゴブリンを退治してくれたんじゃ、もてなさねぇわけにはいかねぇな! よし、その牙と爪で大サービスしてやるよ!」


 きらりんさんは「やったーっ!」と諸手を挙げて立ち上がりました。


「ありがとう、みんなラバーだよっ! この店……! ううん、この村、合格ぅーっ!」


「おおーっ!?」


 まわりから拍手喝采を受け、手を振り返すきらりんさん。

 そんな彼女のことが、少しだけ羨ましくなりました。


 わたしも……きらりんさんみたいなお店の常連になれるでしょうか……?


 実を言うと、『常連』という言葉の響きに憧れています。

 人間誰しも『いつもの』とオーダーしてみたいものですよね。


 もしかしたら、わたしでも……。きらりんさんみたいにこのお店に通い詰めていたら、常連になれるかもしれません……。


 しかしそのほのかな期待は、店主さんの言葉で粉々に打ち砕かれてしまいました。


「うちは腕輪持ちのために店まで改装したんだが、客といえば村のヤツらばっかりで、あきらめてたとこだったんだ! 腕輪持ちの客が来てくれたのは、今日が初めてなんだよな! しかも、初めての客がきらりんちゃんみたいな子で最高だぜ! あとで記念のサインしてくれよ!」


「うぇーいっ! おじさん、店主合格っ!」


 店主さんとにこやかにハイタッチを交わすきらりんさん。

 衝撃の事実に、わたしは度肝を抜かれていました。


 ……えっ……? はじめ……て……?

 きらりんさん……このお店、初めてだったんですか……?


 初めてで……こんな酒場のアイドルみたいになるなんて……。


 ご……ゴッド……! コミュニケーション・ゴッドです……!

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