10 はじめての村
ミミックの隠された機能を発見したわたしは、おもむろに宝箱から出ます。
すると木にもたれかかっていたきらりんさんと、わたしに抱っこされていたもちさんが同時に「くぁー」とアクビをしました。
「んんっ、よく寝たぁ。ああ、そろそろ夕方かぁ」「うにゃー」
「あの……そろそろ帰りませんか……?」
わたしがそう提案すると、もちさんは拒否するようにわたしの手から飛び立ち、きらりんさんの胸に飛び込んでいきました。
すっかり慣れた様子でもちさんを受け止めながら、「えっ、もうゴーホームレストなん?」ときらりんさん。
「あ、はい。もう遅いですし……」
わたしは平日も休日も、いつも夕方の6時前には帰宅しています。
門限があるわけではなく、ただ外にいてもすることがないからです。我が家がいちばんなのです。
「遅いって、まだ夕方っしょ?」
「そうなんですけど……それ以上遅くなると、家の者が心配すると思いますので……」
「ん? ひょっとして、あっちとこっちが同じ時間だと思ってる? あーしらの世界に比べて、
「えっ、そうなんですか?」
「うん。場合によって変わるんだけど……」
きらりんさんは言いながら視線を落とし、手首の腕時計を見るような仕草をしました。
その腕には腕輪がたくさんついていて、わたしと同じ木の腕輪もあります。
「あーしらの世界はまだ午前中だよ。たぶんあーしらの世界で夕方6時になるのは、こっちでは明日の昼の12時くらいじゃないかな。だから、ふたりで遊ぶ時間はまだまだタップリあるってワケ」
顔をあげたきらりんさんは、「キラリン」と音がしそうなウインクをわたしに向けて飛ばします。
こんなに長いことクラスメイトといたのは初めてのことだったのですが、その最長記録はまだまだ伸びそうです。
いまのところ嫌ではないのですが、わたしのような人間がいきなりこんなリア充体験を続けたら、元の世界に戻ったときに心臓マヒとか起こさないか心配です。
「あの……遊ぶって、なにをするんですか?」
「ここは暗くなるだろうし、そろそろ村のほうに行ってみよっか」
「……えっ!? 村!?」
わたしがすっとんきょうな声をあげたので、きらりんさんはビクッとなっていました。
「あーし、なんかへんなこと言った?」
へんなことならずっと言ってますけど……いえ、そうではなくて、村は人がいる場所です。しかも知らない人しかいません。
廃墟になった村とかならともかく、人間がいる村なんて……。
「あの、それはちょっと、さすがに……」
「でもここにいてもしょうがないっしょ? 受付のおねーさんが言ってたけど、村はヤギがたくさんいるんだって。ひなっちは動物ラバーっしょ?」
「あっ、はい……。えっ、なぜそれを?」
「だって弁当箱の袋とかぜんぶ動物柄だし、美術の肖像画の授業のときも動物描いてたじゃん」
お弁当箱の袋はわたしが自作したもので、100円ショップで見つけた動物柄の生地を使ったものです。
肖像画の授業はペアを組んだ相手を描く授業で、あぶれたので想像で動物を描いていました。
しかしそれらの供述をしたとしても、わたしが動物好きという事実は変わりません。
そしてわたし自身も、ヤギが見たくてたまらなくなっていました。
わたしは清水の舞台から飛び降りるような気持ちで宣言します。
「わ、わかりました……。村に、行きましょう……!」
「やった! そうこなくっちゃ!」
「では、少々お待ちください。準備をしますので」
「準備?」
ポカンとするきらりんさんをよそに、わたしは出てきたばかりの宝箱にふたたび戻ります。
小部屋の床に散らばっていた、畳まれていたダンボールを組み立て、頭に被りました。
「お待たせしました」
ふたたび顔を出したわたしを見るなり、きらりんさんは吹きだしていました。
「ブホッ!? なにその被り物!?」
「これがあると落ち着くんです」
これはわたしが作った『どこでもダンボール』。
被るだけでダンボール箱の中にいるような気分になれて、精神的安定を得られるというものです。
しかも、顔も見られないというオマケつき。
知らない人に対して顔を隠せるというのは、コミュニケーションにおいて大きなアドバンテージを得られます。
「なんか、マイクラのキャラみたいだね……」
『マイハマのキャラ』……? それは、どういう意味なんでしょうか?
しばらく考えて、はたとなりました。
舞浜といえば、日本有数の遊園地がある地。
わたしは行ったことがありませんが、まさか被り物のわたしを見て遊園地のマスコットキャラクターでも想像したのでしょうか。
それはわたしの工作に対する評価としては、あまりにも過大というものです。
ちょっぴり照れてしまいましたが、ダンボールのおかげでその顔を見られずにすみました。
準備も完了したので、わたしたちはテクテクと森を出て、カソンの村へと向かいます。
ちょうど放牧を終えたヤギさんたちが戻ってきていて、村の中はヤギさんでいっぱい。牧羊犬の犬さんもいました。
村に行くのを渋っていたわたしですが、現金なものです。この光景だけで「来てよかった」と心の底から思いました。
通りすがりのヤギさんたちを撫でながら、きらりんさんについていきます。
村はレンガづくりの家が並んでいて、どこの家のエントツからも白い煙がもくもく立ち上っていました。
そしてどの家からも、チーズのいい匂いが漂ってきます。
わたしときらりんさんのお腹は同時に鳴りだしました。
「あっ、見て、ひなっち!」
きらりんさんは村の真ん中にある広場まで来ると、二階建ての建物を指さしました。
そこにはビールを模した木の看板が掛かっています。
「あれ、酒場っしょ? 入ってみようよ!」
えっ、酒場に? と思う間もなく、きらりんさんはその建物のスイングドアを勢いよく押し開けていました。
後からおそるおそる覗き込んでみると、想像どおりの光景が広がっていました。
酒場の内部は吹き抜けになっていて、真ん中に二階の天井まで貫くほどの大きな暖炉があります。
一階は木のテーブルが所狭しと並べられていて、今日の仕事を終えた村の人たちが木のジョッキを酌み交わしていました。
みなさんヒゲ面で、
この村はヤギの飼育が盛んらしいですが、この世界の酪農というのは反社ばりのブラッドワークだったりするんでしょうか。
そしてみなさん誰もが顔なじみのようで、地元の人しか行かない酒場の雰囲気がバリバリです。
そんな日常的な空間に突如として現れたきらりんさんは非日常バリバリで、浮きに浮きまくっていました。
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